妄想は洗濯かごに乗って
女房はむかしからときどき変な言葉づかいをすることがある。
結婚して間もないころだった。出掛けに言った。
「午後から雨になるってテレビで言ってたから、もし雨が降り出したら、庭に干してある洗濯物を閉じ込めておいてね」
文脈から、言っていることの意味は理解できる。が、言葉づかいにどこか違和感があって、耳に引っかかった。
その日わしは休日だった。ヒマにまかせて女房が出掛けに言った言葉を、もう一度頭ン中に引っぱりだしてみた。
引っかかりの原因は「閉じ込めておいて」にあるとすぐ分かった。
もちろん、本来は「(洗濯物を)取り込んでおいて」言うべきところだ。それを語音と意味が似かよっている「閉じ込めておいて」と言い違えたと分かって、耳の引っかかりはすぐに消えたのだが、頭の中の動きは実はそこで止まらなかった。勝手にどんどん先へ走りだしたのだ。
(そうか、閉じ込めるのか・・・ふ~ん、なんか面白そうだな)
と思ったのが出発点だった。「で、閉じ込めた後、どうする?」というように脳細胞が動きだしたのである。
(閉じ込めたら、まず窓のカーテンを引いて、外から見えないようにするだろ。それから椅子に縛りつける・・・ってのはどう?)
(荒縄でか? フフ、面白そうだな。チラッとSM雑誌で見たけど、荒縄じゃなく、赤い腰紐かなんかで縛ると、より扇情的になるんじゃないの?)
この頃にはすでに「閉じ込めた」のは洗濯物ではなくなっている。
(それはそうと、服はいつ脱がす?)
(腰紐で椅子に縛りつけるとすると、やっぱり椅子に縛る前だな。女の肌の白さと、その柔肌に食い込ませる紐の赤の対比がシゲキ的で、そこがいいんだから)
(服を着せたまま、まず手首を椅子の背で縛っておいて、それから着ているものを1枚1枚ゆっくりと剥がしていく・・・という手もあるんじゃないかい?)
(胸のボタンを一つひとつ外していって、それからやおらブラジャーに手をかけてってか?・・・ヘヘ、じっくりプロセスを楽しもうって寸法だな)
この辺りになると、早くも口の中では唾が泳いでる。
(ムチはどうする? 使うか?)
(ここまできて使わない手はないだろ。よくしなる本物のムチがあればいいんだけどね)
(そんなものあるわけないだろ。ズボンの皮ベルトで代用しよう)
(オーケー、そうしよう。なるべく細いベルトを使おう)
(ローソクは? ローソクはどうする? 使うか?)
(溶けた熱いロウが、女の肉の上にタラーリタラーリってか。悪くないな)
(タラーリタラーリといくのはどの部分にするか。それを考えるだけでもヨダレが出るな)
(なに言ってる、おまえ、もうさっきから垂らしてるよ)
・・・などと妄想はどんどん膨らんでいったのである。女房が出て行った後、ひとりで留守番中に。
それにしても、いったいなぜ大昔のこんな話を、あんたとつぜん書き出したんだ?
・・・と疑問に思われた読者もいるかもしれん。
実は、昨日も、買い物の出かけに女房がひょいと言ったのだ。
「もし雨が降り出したら、洗濯物を閉じ込めておいてね」って。
それで一挙に50年の歳月がふっ飛んだ、というわけだ。
何日か前も書いたような気もするが、「雀百まで踊り忘れず」ってホントだね。
言葉づかいでも、ちょっとした日常のしぐさでも、子供のころにに身についたものは一生抜けない。
それにしてもつくづく感心するよ。
「(洗濯物を)閉じ込めておいて」という言葉ひとつで、怪しげな妄想がここまで疾走するとは! キタサンブラックも顔負けだ。
そして、それが示しているのはまぎれもない “若さ” だ。
抑えても抑えてもあふれてくる性的エネルギー。
いわばそれは生きものの命のタギリといっていい。
そして今それを書いているこのわしは、そのタギリの成れの果てだ。
けんめいに袖を振っても命のひとカケラも落ちてこない。
50年前のおのれの姿がまぶしてくて、ただ目をしょぼしょぼさせているだけだ。
永遠に失われたものはことさらに輝いて見える、ってやつか・・・。
ったく!半ボケエロじじいめ!
バカじゃないの?
言われたとおりに、さっさと洗濯物を閉じ込めておきなさい!
ハイ、ハイ、すみません、バカです。
さっそく洗濯物閉じ込めますが、
今は閉じ込めてもナ~ニモに動き出しません。
ハイ。