キラレてキレる -老人受難時代(2)-

「うちの部長、なかなかキレる男でね」
「うちの専務、最近すぐキレるようになってね」

 上の2つの会話文には、「キレる」という同じ言葉が使われているが、意味するところは違う。
 そして高齢者に対して使われるときは、たいてい後者の意味でだ。前者の意味で使われることはまずない。
「ことし80歳になったうちの親父、なかなかキレる老人でね」
 と言われたら、なんとなくしっくりこない。そういう老人もいないことはないだろうが、どっか違和感を感じる。へたをすると「なんだ、子バカの親自慢か?」と思われかねない。
「ことし80歳になったうちの親父、最近すぐにキレるようになってね。・・・親が長生きするってのもよしあしだね」
 これならすっと頭に入る。なんの違和感もズレもなくね。

 ・・・ということで本論に入る。
 最近特に「キレる高齢者」がニュースになることが多くなったように思う。
 このあいだも、人気ラーメン店の列に割り込もうとして注意された76歳の爺さんが、カッとなって手にしていた紙コップの熱いコーヒーを相手の顔にぶちまけたという話を、テレビで誰かがしていた。
 もっとひどいのになると、ガソリンスタンドで割り込もうとして店員に注意された70代の男が、車を急発進させて店員を轢こうとした、なんてのもある。

 ひと昔前は、改造車で暴走する若者はいたが、こういうムチャクチャ暴走老人はいなかった。少なくともわしはそういう話を聞いたことがない。
 むしろ話題として取り上げられるのは、好々爺の微笑ましいエピソードだった。隣の婆さんの荷物をもってあげたのはいいが、つまづいて転んだのは自分のほうだったとか・・・。

 人間は加齢とともに大脳皮質に萎縮が生じる。脳血管が動脈硬化を引きおこしたりして、脳の機能がしだいに衰えてくる・・・くらいのことはイマドキ誰でも知っているわナ。感情をつかさどる脳細胞も例外ではない、ってのもね。
 だがこれは生きものの宿命で、避けられない。

 とはいうものの、高齢者の脳の医学的な衰え方が、現代になって急に変わったわけではないだろう。
 事実はそうではなくて、社会環境・生活環境の急速な変化に高齢者の脳がついていけなくなったところに、「キレる」という現象が生じたのだという気がする。
 つまり高齢者が変ったのではなく、変ったのは環境のほうだって。

 たとえば核家族化。子供は育ったらさっさと出ていき、家には老いた親だけが残される。そのどっちかがガンにでも持っていかれたら、残されたほうは否も応もなく “ボッチ”。そういうのがそこらじゅうに転がっている。

 そんな家に役所から[重要なお知らせ」が届くんだ。
 いろいろと書いてあるが、何が書いてあるのかよう分からん。
 分らんがまあがまんして読みつづけると、たいてい最後のほうに、「より詳しくお知りになりたい方はこちらへどうぞ」とあって、役所のホームページのURLが載せてある。

 だが、総じてこのURLの文字は小さい。老眼鏡をかけてなんとか読みとり、それを苦労してパソコンに入れてネットにつなごうとしたら、「このサイトにはアクセスできません」という文字がひょいと出てきて接続を拒否される。おそらく老眼鏡がURLの読みとりをまちがえたのだろう。どうせそんなところだ。

 ネットが使えないと電話ということになるが、たとえばコールセンターにかけても、オペレーターになかなかたどりつけない。呼び出し音を何十回も聞かされて、ようやくつながったと思ったら、乾いたカステラみたいな合成音声が応答する。質問内容に応じた番号ボタンを押せとかいうが、カステラがしゃべる質問内容を聞いても、自分の訊きたい問題がどれに当てはまるのかよく分からん。最初からやり直しても、また同じところでつまづく。

 怒鳴りつけたくなるが、コンピューターに怒鳴っても仕方がないのでがまんして、もう一度送られてきた紙の文書を読む。「重要なお知らせ」なのだから、放っておくわけにはいかんだろ。
 すわり直し、腹をすえてあらためて読み直す。やっぱり何を言いたいのか文意が読み取れん。馴染みのない用語やカタカナ語がやたら出てくることもあるが、そもそも役人が書く文章は、いつもこんがらがった糸クズだ。わざと意味が通じないように努力して書いているのでは・・・と疑いたくなる。そのほうが市民サービスの申請が減って、自分らの仕事も減り、自治体としても財政的にオトクだからだろう。・・・と、ヘソも根性も曲がっているわしなど思っちゃう。
 要するに行政サービスの対象である老人は読むな、詳しく知りたいなどと思うな、という意図でやっているとしか思えない。

 役所だけじゃないぞ。
 近ごろは銀行などの金融関係でも、何か新しいサービスを受けようとすると、手続きがやたら煩雑だ。
 運転免許証を返納しパスポートも持っていないとなると、本人確認のためと称して、身分を証明する書類が2種類以上必要と言われる。場合によっては3ヶ月以内撮影の写真も求められる。

 個人番号(マイナンバー)カードがあれば、これ1枚でいろんなものに使えて便利だというが、そのマイナンバーカードだって申請しなきゃ手に入らんのだ。そしてその申請には上記のような手続きが必要だ。若者にとっては「ヘ」でもないかもしれんが、老人にとっちゃあ「ヘホヘホ」いう煩わしい作業だ。

 極めつきはパスワード。
 パソコンの電源を入れたら、あっちでもこっちでもパスワードの入力を求められる。
 セキュリティのためパスワードは必須というが、このパスワードとかIDほど老人にとってヤなヤツはいない。数字とアルファベットのランダムな羅列。それも意味のない文字列ほどいいと言われる。
 そんな無意味な英数字の羅列を使えと言われるのは、高齢者にはムカデを食えと言われるようなものだ。

 現代においてはインターネットやITと無縁に生きるのは、電気や水道なしに生活するに等しい。
 そんな時代に生きざるをえない現代の高齢者たちは、必死にがまんして毎日ムカデを口のなかに押し込んで生きている。ストレスが溜らないわけがない。タマには爆発だってするだろうよ。
 それはいわば高齢者の悲鳴だ。

 そういう事態に対して、まじめな対策が講じられているという話は聞かない。
 要するに現代の高齢者は切り捨てられている。
「キラれてキレる」
 それが実態だ。

ポチッとしてもらえると、張り合いが出て、老骨にムチ打てるよ

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