同性愛と異性愛

擬態

 すでに過去の話になりかかっているが、「同性愛は生産性がないから、彼らに税金を使うのはいかがなものか」と発言した政治家先生(女性)が少し前にいて、世の中が少々(かなり?)騒いだ。

 同性愛とはいうまでもなく、男が男を、あるいは女が女を性愛の対象にすることであるが、その原因・理由は、(十分ではないものの)今はあるていどまで解明が進んでいるようだ。

 体の性別(男の体に生まれるか女の体に生まれるか)は、中学校の理科の時間に(興味シンシンで)習ったので大方のひとは覚えているだろう。X染色体とY染色体の組み合わせ方で決まる。つまり卵子が受精した瞬間に男になるか女になるかは決まる。だれも文句は言えない。決めるのは神の手だからだ。

 一方、心の性別(男が好きか女が好きかという性的指向)は、胎児期のある時期において分泌される性ホルモンの量によって決まるという。
 それによって脳のある部分に形成される神経細胞の数がちがってくる。その数が多いか少ないかで、(体の性別とは関係なく)性的指向の別が生じる。
 ただ、何によってそのホルモンの量にちがいが生じるのかは、まだ分かっていないそうだ。

 つまり同性愛と異性愛の違いは、胎生期の偶然の成りゆき(分泌されるホルモンのたまたまの量)から生じるもので、当人はもちろん母親にも責任はない。あえて責任を問うなら、やはり神の名を持ち出す以外にない。
 要するに、体の性別と性的指向がかならずしも一致しないケースが生まれるのは、創造主が設計した自然現象の一部であるのだ。
 
 話が少し飛ぶ。(わしの文章はしょっちゅうあっちこっちに飛ぶけど、ひとの大金もって高飛びするわけじゃないので、寛容を乞う)
 自然界では、天敵から自分を護るために「擬態」ということをやる。
 戦う武器をもたない昆虫に多いが、木の葉や枝に自分の体を似せて、天敵の目をごまかし身を護る。
 こういうことが行われるのは、もちろん相手が誤解するからだ。

 なぜ誤解するかというと、先入観が作用するからである。こういう色のこういう形をしたものは、木の葉であり枝であると思いこむ先入観。
 その先入観のために、あたら獲物が目の前にいるのに、とり逃がす。ノンキというかアバウトというか雑。ひとことで言えばマヌケだ。

 ある種の人間が同性愛者を嫌ったり差別したりするのも、同様の先入観にやられてるからだとわしは思う。男が性的に愛するのは女であり、女が愛するのは男であるという先入観。先にみたとおり、この先入観そのものがそもそも事実ではない。間違っている。

 だがこの先入観ゆえに、あるタイプの人間は、そこから外れるものはよく確かめもしないで排除しようとする。好物の獲物が目の前にいるのにとり逃がすマヌケな天敵と同類だ。

 まあ、この世にはマヌケな人間は多いから、そしてわしもその一人だからあまり大きな口はきけないが、別名 “選良” と呼ばれる代議士先生くらいは、マヌケな昆虫なみの先入観に目をくらまされることなく、ちゃんとした国政をおこなってほしいものだ、と国民のひとりとして思う。

 ・・・てなことを言ってるわし自身、そもそも “政治家は選良(選ばれた優れた人)” であるという間違った先入観で、今モノを言っている。隠したつもりの外套のすそからチョロリと尻尾がのぞいた。

 やれやれ、物言えば唇寒し秋の風・・・ってやつが身にしみる。
 季節柄、風邪など引かぬようお気をつけ召され、ご同輩。
 油断すると、すぐヤな菌が入ってくるよ、体にも心にも・・・。

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