声で人間が分かる
前回の記事で、ある剣道家の言葉を思い出したら、それにつられて別の話が出てきた。前回よりもう少し持ち重りがするけどネ。
もう30年以上も前のことだ(まあソートー古い話だわネ)。
ある日曜の昼下がりだった。昼食をとったあと何もすることがないので、椅子に寄りかかってテレビのチャンネルをだらだらと変えていた。
・・・と、画面にとつぜん二人の男が現われた。
今も昔もテレビのスタジオセットというのは、わしにはチンドン屋の楽屋みたいに見えるが、そのときのテレビ画面は、警察の取調室のようにシンプルそのものだった。
そこにスキンヘッドの男がふたり、照明をあてられて座っていた。そして異様な何か・・・近ごろよく使われることばで言えば強烈なオーラを出していた。
わしはその人物たちが何者なのか知らなかった。そもそもその番組が何の番組なのかも知らなかった。だがたちまち引き込まれた。そしてそのまま番組が終わるまで見てしまった。
それはNHKのEテレ(当時はたしか教育放送と呼んでいたと思うが)でやっている「こころの時代」という番組だった。
著名な哲学者や宗教家、あるいは本職はべつにあるが哲学や宗教などに造詣のふかい人生練達の士が出演して、インタビュアーの問いに答えたり、出演者同士で話し合ったりする、日曜早朝に放送されるジミ~な番組である。
・・・というようなことはあとで知った。わしがたまたま見たのは昼すぎに行われたその再放送だった。
そのとき出演していたふたりのスキンヘッドは、じつは鎌倉円覚寺の住職・須原耕雲老師と、臨済宗系の花園大学・学長も務めた大森曹玄老師であった。
このふたりに共通しているのは、傑出した禅家であると同時に、余人の追随をゆるさぬ武道の達人でもあるということだった。耕雲老師は弓道の、曹玄老師は剣道の。
そういう来歴の人たちだからであろう、そのとき番組でふたりが話していたのは、禅の修行だけでは得られない、あるいは武道の鍛錬だけでは掴めない物事の神髄・・・言い換えれば、禅と武道のふたつに同時に精進したからこそ到達することのできた “人生の奥義” であった。
その頃はわしはまだ若かったから、多少の向上心があった。それでその番組に感銘をうけ、見終わったあとすぐ、心に残った両老師の言葉をノートにメモした。
・・・はずであった。だがそのノートも、頭のなかに刻まれたはずの記憶も、今や向上心ともどもきれいに散逸してしまって、何も残っていない。
ただ、例外的に一つだけ、妙にはっきりと覚えいる言葉がある。それは、
「弓は弦(つる)鳴り、人は声」というフレーズである。
おそらく内容からいって須原耕雲老師が口にされたものと思うが、弓道者の弓の練達レベルを知るには、弓を引く動作や矢の行方を見る必要はない。矢を放ったときに鳴る弦(つる)の音を聞くだけで分かる。
それと同じように、ある人の人間のレベルは、その人の話す声を聞くだけで分かる・・・というのである。
リンカーンは「男は40を過ぎたら自分の顔に責任を持て」と言ったというが、声にも同じことが言えるのだろう。男も女も、もって生まれた遺伝的な声のうえに、その人がそれまでに生きてきた時間が何かを上乗せして、それがその人の声となる。
そして、言葉は操ることはできるが、声質はかんたんには操れない。呼吸は意思でコントロールできるが、鼓動は意思では制御できないように。
これは考えてみれば恐ろしいことだと思う。
ふだんはほとんど気にもしないで気軽に口を開け閉めしているが、聞く人が聞けばその声で “人間の器” が分かってしまう、というのだから。
そのとき話された他のことは忘れてしまったのに、この言葉だけは未だに忘れず覚えているのは、わしの心のどこかに響くものがあったのだろう。と同時に、じつはこの番組に出ていたふたりの老師が、まさに身をもってこの言葉の正しさを証明をしていたからである。
両老師の声の、なんと深く爽やかで魅力的であったことか!
NHKのこの番組はじつは今も放送されている。多少の模様替えはあったかもしれないが、基本的にはほとんど変わらずに数十年もつづいている、実は隠れた長寿番組なのである。
といって、わしが毎日曜ごと早朝に起きだして、テレビと向き合っているわけではない。
先にも触れたように、この番組はほぼ1週遅れの昼過ぎに再放送されており、それをなにかの成り行きで1年に1、2回見るくらいのものだ。
いくら高級深遠な番組でも、こちらの器が低級浅薄であれば、入れてもほとんどはこぼれてしまう。で、ふだんは見ない。なにかの偶然によって見るだけだ。
ま、情けないといえば情けない。
当ブログは週2回の更新(月曜と金曜)を原則にしておりますが、正月は1週間のお休みをいただき、次回は1月11日(金曜日)から更新を再開いたします。よいお年をお迎えください。
じじい~(涙)
どーした???
更新は???
風邪引いた???
半ボケじじィとはいえ、低温で風邪ひくほどヤワじゃないぞ。
ただね、この日の記事の文末(囲み欄)に書いておいたように、
わしも人並みに、松の内はお休みを取ったの。
いやあ~、すみません。
2019年は、1月11日から始めるよ。
本年もよろしく。