ウンコに名前をつける

半ボケ

 前回の記事『物がモノノケになる』のなかで、こんなことを書いた。
 老人に起きるさまざまなヤッカイなトラブルは、物が「モノノケ」になって老人にいたずらをするからだと。
 わしが言ったのではない。ドイツ文学者で元東大教授・池内紀氏の考え方を、彼の著書『すごいトシヨリBOOK』(毎日新聞出版)から引用して紹介したのである。(前回の記事はこちらから
 
 わしがこの本のなかですごく面白いと思ったことは、もう一つある。
 自分の「シモ」に対する池内先生の考え方だ。
 ま、早くいえば、自分の「オシッコやウンコ」との付き合い方デスな。

 なにを隠そう、老人にとってこれは、生きていくうえで入れ歯と同じくらいムシできない重要な問題である。入れ歯は入れるほう、こっちは出すほう、という違いはありますがネ。

 実はわしにもこれに関しては大失敗の経験があって、身にしみる。(その顛末は2017年9月22日の当ブログ記事『出たがるウンコ -脱糞始末記-』に書いているので、帰りにでもちょっと寄ってみてチョーダイ。(『出たがるウンコ』はこちらから
 
 ところで、オシッコやウンコの管理を担当している器官は、年をとればソートーに疲れてくる。ウン十年という長いあいだ、毎日まいにち休みなく働かせられているので、劣化もしている。で、ときどきヘマをやらかす。主人にそのつもりはないのに、つまり許可を取らないで出口の門をゆるめてしまうのだ。・・・というか勝手にゆるんじゃう。で、意に反して中のモノが出てくる。イヤなことばだが垂れ流し。
 
 これは困る。じつに困る。
 まず衣服が汚れる。人生にこれ以上気持ちの悪い出来事はない。ときには床も汚す。何よりヤッカイなのは臭いだ。

 これは先に挙げた池内氏の本に出てくる話だが、彼の友人のひとり(…と彼は書いているが当人自身の体験かもしれない)がシクジって下着と床をよごした。たまたま奥さんがいないときだったので、友人はすぐ後始末をした。服を着替え、床は跡がのこらないようにカンペキに掃除した。
 奥さんが帰ってきた。連れて行っていた犬もいっしょに帰ってきた。
 その犬が粗相をした辺りの床をくんくん嗅ぎまわって、「またやりましたね」とでもいうように友人の顔を見上げたのだそうだ。
 それで奥さんにもバレちゃった。
 
 ことほどさように「シモ」の問題は、年寄りには逃れられない大きな厄介ゴトある。
 これに対する対応の仕方ひとつで、老人の人生は明るくも暗くもなる。
 
 そこで前記の著書に書いてあった池内先生の対し方を紹介しよう。
 先生はこの問題で一つの提案をしている。
 「シモ」のことを一般用語で呼ばないで、自分好みの名前をつけて呼んだらどうかというのである。

 ちなみに池内先生は「アントン」と呼んでいるそうだ。ドイツ文学者だけあって、氏にはこの西洋風の名前が一番しっくりくるという。
「アントンが呼んでるからちょっと行ってくる」
 と言って椅子から立ち上がったので、奥さんは友だちから呼び出しのメールでもきたのかと思っていたら、トイレに入ったきり出てこなかったとか・・・(これはわしの想像)。あるいはトイレから出てきて、
「今日のアントンはなんか元気がないんだよな」
 と言ったりするのだそうである。
 たしかにこれなら傍の人が聞いても、まさか「ウンコ」の話をしているとは思わない。辺りに臭いニオイをまき散らさずに済む。
 
 わしがすごいと思うのは、池内先生は「アントン」の経歴書まで書いたということである。
 アントンだって加齢とともに変化する、と先生は言う。で、若いときは「張り切り大王」とか「モリモリ先生」とか「頑張り屋さん」などと呼んだそうだ。そして77歳(前記の著書出版当時)になった今では、「しょんぼりくん」「うなだれの君」「退役軍人」などと呼んでいるらしい。

 俳優たちが自分の演じる人物の経歴書を、生まれてから現在までコト細かく想像して役づくりの参考にする・・・という話はたまに聞く。だが、自分が排泄する「ウンコ君」の経歴書を書いたという話は、寡聞にして81歳になる今日までわしは聞いたことがない。
 
 老人をとりまく現実は楽しいことばかりではない。いやありていに言えば、およげたいやきくんじゃないが、ヤになっちゃうことの方が多い。
 しかし、そういう現実だからといって、ただ嘆いたり愚痴をこぼしたりしていても、何もいいことはない。むしろ周辺の人たちにウザがられるのがオチだ。結果、自分の住む池の内の水をにごらせて、余生をいっそう泳ぎにくくするだけである。

 そこで一念発起、わしも池内先生に倣って自分の「シモ」に名前を付けた。
 問題はどんな名前にするかだったが、「しょんぼりくん」や「うなだれの君」をそのまま拝借するのでは芸がない。

 最初は「シンゾー」にしたらどうかと思った。「近ごろのシンゾー、やけに臭くてねぇ」とか「最近のシンゾーは、やたら軽くなって便器の中で浮いちゃうんだ」などと言ったら面白いかな~と。しかしなんとなく胸クソもわるい。

 いろいろ考えたすえ、変に凝らないで「ボケまくりちゃん」と素直に呼ぶことにした。あるいはさらに短縮して「ボケちゃん」。これならまさにわしに即していて、リアリティを損ねることもないし・・・。

 結果は想像以上だった。
 これまでは「どこへ行くの?」「ちょっとトイレだ」などと言っていたところを、「ちょっとボケちゃんに逢いに行ってくる」などと言い換えはじめると、最初こそキョトンとしていたカミさんも笑いだすようになった。そのうちわしの直後に自分がトイレに入ったあとなど、「きょうのあんたのボケちゃん、こげ茶色だったでしょう。ちょっと臭いが強かったもの」などと言うようにさえなった。
 
 ほぼ50年前、デート中にトイレに行きたくても恥ずかしくて言い出せなかった女と、これが同じ女性だとはとても思えない。
 だがこんなことでも、単調で退屈な老夫婦の生活に小さな笑いを生む。
 
 ・・・というようなわけで、池内紀先生の提案は少なくともわしには大いに有益であった。
 彼の著書『すごいトシヨリBOOK』を紹介してくれた知人には、お礼の言葉にそえて、わが “ボケちゃん消息” をメールにして送ったら喜んでくれた。
 彼も退屈していたのだろう。

※池内紀著『すごいトシヨリBOOK』(毎日新聞出版・刊)
  → https://amzn.to/2TFWgYk

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ウンコに名前をつける” に対して 2 件のコメントがあります

  1. むらさき より:

    ぎゃはは♪
    大事なことですわ♪
    究極のところ、人は食べて出して生きてますからねっ♪
    実はこの私、そのボケちゃんには大変な自信の持ち主です!
    毎日はもちろん♪休日にゃ2~3回最高のボケちゃんに出会っています♪
    なんなら、フィリピンバナナのようなボケちゃん、紹介したいくらいよっ!

    1. Hanboke-jiji より:

      フィリピンバナナのようなボケちゃんを、休日には
      2~3回だなんて、女房が聞いたらよだれを流します。
      だって彼女は、毎日ウンウン言ってせいぜい可愛い
      ウサギちゃんが2~3個ですから。
      コツというか秘訣というか、教えてやってほしいです。
      ・・・にしてもこの話、ひとが聞いたらなんの話だと思う
      でしょうねえ。

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