父の大声「ひつこいひつこい」

おひつ

 わしの父親は、義理にもツイているとは言えない星の下に生まれた。

 物心がつくかつかない頃に両親に死なれ、親戚筋とはいえ他人の家をたらい回しにされて育った。
 勉強はできたらしいが、上の学校へ進むには養家への遠慮があり、当時学費が無料だった師範学校(教員養成学校)へ進んで、教師になった。
 そして、やはり教師だったわしの母と結婚したのだが、母が一人娘だったため、婿入りだった。

 母の母(つまり父にとっては姑)は、しっかり者のある種の女傑だった。惚れて結婚した亭主(わしの祖父)がお人よしの遊び人だったこともあり、当時としては珍しく女身で一家を支える金をみずから稼いだ。

 そのせいもあって一家の柱は姑だった。入り婿の父は頭が上がらなかった。
 戸籍上の世帯主はいちおう父になっていたけれど、じっさいに一家を牛耳っていたのは祖母だった。その祖母は父より長く生きたから、けっきょく父は生涯、一家の長としてのプライドは持てなかったと思う。
 
 わしの記憶に残っている父の印象もうすい。いつも祖母や母のうしろで、ロバのように愚直に生きていたという感じが強い。大声を出している父の姿など見たことがない。
 
 ただ、父の声がやたら大きくなるときがあった。
 アルコールが入ったときである。
 遠慮があったのか、嫌いではないのにふだんは晩酌をしなかったが、なにかの機会でお酒が入ると、別人のように陽気になり、大声になった。地声は大きいのだ。(余談だがそのDNAがわしにも伝わっていて、しょっちゅうカミさんに唇へ指を当てられる)
 
 わしが生まれ育った田舎では、当時、ちょくちょく寄り合い(隣近所の集まり)があった。「お日待ち」「月待ち」といった習俗行事のためもあれば、地域の共同作業や祭りなどの相談ごとをするためであった。が、どの場合も、終われば酒と食い物が出て酒盛りになった。
 
 この寄り合いは順ぐりの家で行われて、各家から1名が代表で出席する。わが家ではいちおう世帯主である父が出た。(食べものの用意のために女のひとも何人か当番で出た。)
 
 こうした集まりで、飲み食いの時間になると、かならず父の声が家の外まで聞こえてくるのだった。聞こえるのは父の声だけ・・・ということもあった。

 そういうときの父は、たいてい愚にもつかないこんな唄をうたった。
 
  〽わかっちゃいるけど やめられん
   やめられんもんは やめられん
   やめちゅうあんたも やめられん
   そ~れ ひつこい ひつこい

 唄というよりグチ節みたいなものだが、これを父は奇妙な節まわしで唄うのだった。
 
 あるとき、寄り合いの順番がわが家にまわってきた。
 例によって、話合いが終わったあと飲み食いになり、皆がほどよく酔ってきた頃だった。
「そろそろ先生のアレを出してもらわにゃー」
 小学校の教師だった父は、職場をはなれても先生と呼ばれていた。
「先生のアレが出なきゃあ盛り上がらん」
 座のひとりが台所にむかって怒鳴った。
「おーい、誰かおひつを持ってこい」
 おひつというのはご飯を入れる丸い木桶。かつては釜でご飯が炊きあがると、このおひつに飯を移した。
「ごはんがまだだいぶ残ってるけど、ええか」
「ええ、ええ。それをひっくり返さんように引くのが先生の芸じゃ」

 親父は手ぬぐいで盗っ人のような頬かむりをし、女のひとが持ってきたおひつに、タスキ掛けに使う細紐をつないで長くしたものを括りつけた。そして他方の端を自分の腰に巻いて、おひつを引っぱりながら唄い踊りつつ、座をめぐった。

 〽わかっちゃいるけど やめられん
  やめられんもんは やめられん
  やめちゅうあんたも やめられん
  そ~れ ひつこい ひつこい
 
 阿波おどりの「男おどり」のように、膝を曲げ腰を落としたひょうきんな身振り・・・というより、父のはわざとのように下卑た身ごなしをしているように見えた。ふだんの父からは想像できない姿だったが、座のみんなは面白がって囃したてた。
 祖母や母は内心眉をひそめていたと思う。が、これに関してはなぜかなにも言わなかった。だから父も寄り合いごとにくり返せたのだろう。

 小学生だったわしは、初めてこの光景を目にしたときは恥ずしかった。その場から逃げ出したいくらいだった。自分自身がひどく傷つけられたような気がした。

 だが今、そのときの父の姿を思い浮かべると、まぶたが熱くなる。
 
 年をとっていいことの一つは、若いときには見えなかったものが見えてくることだ。
 口うるさかった祖母が、そして母も、このことに関しては父に何も言わなかったのは、今のわしに見えるものが見えていたからであろう。

補記
 後年、「スーダラ節」という歌謡曲を植木等が唄って大流行した。その歌詞の中に「分かっちゃいるけどやめられない」というフレーズがあって、それを聞いたとき、むかし父親が唄っていたのは、単なる口から出まかせではなくて、あるていど世間に知られていた俗謡のひとつだったのかもしれないと思った。が、ふとそう思っただけで調べもしないし、本当のところは知らない。

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