シロクマ先生診療記(4)

入れ歯

 自慢するわけじゃないが、わしの上の歯はほぼ総入れ歯である。
 「ほぼ」といったのは、自歯が1本だけグラグラしながらも残っていて、それにバネで引っかけて入れ歯を支えていたからだ。
 いわばたった1人ガンバッテいる爺さんに、家族全員がぶら下がってメシを食っていたようなものである。

 だがその最後の1本も、寄る年波に押されてコケて、入れ歯を支えられなくなった。自由になった入れ歯は解放感を謳歌して、口の中で勝手に動きまわる。
 気持ちは分かるが当方は食べものが噛めない。話もできない。

 そこで訪ねた歯科医が、とりあえず入れ歯に手を加えて動かないようにしてくれた。
 なんとか噛めるようになったが、その修正入れ歯が、こともあろうに今度は口の中の粘膜を噛みはじめたのである。
 まるでやっと手に入れた自由をすぐまた奪われて、腹を立ててリベンジに乗り出したみたいに・・・。
 わしは困ってふたたび歯科医を訪れた。・・・ところまでを前回までに書いた。(前回まではこちら

「どうです、ぐあいは? ちゃんと噛めるようになったでしょ?」
 開口いちばんシロクマ先生は言った。前回の自分の処置にある種の不行き届き・・・はっきり言っちまえばミスがあったことなど、ミジンも疑わない口調だった。わしは、
「噛めましたが噛みすぎです。過ぎたるは及ばざるがごとし!」
 ・・・ぐらいのことはピシリと言ってやりたかったが、言わなかった。言えなかった。言えてればわしもここで、もうすこし威勢いいことを書けるのだけど・・・。
 
 もっともその時こっちは、診療台の上に幼稚園児みたいにエプロンかけて寝ており、向こうは北極グマのようなどデカい体に白衣をまとって上から見下ろしていたのだ。
 チャップリンが名作『・・・独裁者』の中でやったように、当方は圧倒的に不利な位置関係に置かれていたといっていい。
 だから、だらしない弱腰反応しか出来なかったとしても仕方がない・・・と自己弁護できないこともないのだけど、わしはそういうケチ臭いことはやらない。・・・といってやっちゃったけど。
 
 ともあれわしは、前回の治療で歯科医の手を加えた義歯が、やたら口の中の粘膜に噛みつくことを紳士的に訴えた。
 
 すると歯科医は口を開けさせて、噛んだ部分にできた口内炎を確かめてから、
「新しいデンチャーを入れたときは、初めのうち口の中を噛むことがあるのはないわけじゃない」
 と、とつぜんデンチャーなどと横文字を使い、しかも「・・・ことがあるのはないわけじゃない」などと、あるのかないのかハッキリしないこねくった言い方で弁明した。
「そこを噛まないようにするのが、歯科医の腕でしょ?!」
 ・・・くらいは言い返したかったが、しなかった。前述したような2人の立ち位置はそのままだったしねぇ。かろうじて、
「とにかく、こうたびたび口の中を噛むのでは食事ができません。噛まないようにして頂けないでしょうか」
 と、控えめに苦情をまぜつつ注文をした。シロクマ先生は、
「じゃ、出っぱっている部分を少し削りましょう」
 と言って、「デンチャー」を外させ、しばらく作業台に向かってジージーと研磨機を回した。
 
「はい、口を開けてください」
 言われて口を開けると、歯科医は指で無造作に唇の端をつまんで引っぱった。
「痛いッ!」
 思わず声が飛び出した。年寄りに似つかわしくない悲鳴に近い声だった。
 なぜそんな声を出したかというと、太い指で抓まれた唇の裏に、豆腐が触っても痛い口内炎の潰瘍があったからだ。

 歯科医は思わず手を放したが、なにも言わなかった。このセンセも謝るのは嫌いなタチらしい。
 しかし、どこに潰瘍ができているか、さっき確かめたばかりなのだから、明らかにセンセの不注意だ。もしくは患者を患者と思わぬゴー慢なシロクマだ。思わず手を放したところをみると、まあ前者だろうが・・・。
 
 それから何度か入れ歯にグラインダーを掛けては、口に入れたり出したりした。そのあと赤い紙っ切れを口の中に入れて、カチカチと噛ませた。

 さすがに以降は乱暴に唇を引っぱることはなかったが、しばらくすると忘れるらしく、荒っぽく扱うこともあった。そのたびわしは大げさに顔をしかめて見せた。ザツな人間には分かるように示してやらないと、火の粉をかぶるのはこっちだからねぇ。
 
 もう一つ、ちょっと笑ってしまったことがある。
 が、それは次回で。
  

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