切られたいのち

桜の老樹

 昔から歩くのが好きである。

 一昨年に亡くなった義母は、逆に歩くのが嫌いだった。
「○○(わしの名)さん、なぜそんなに歩くことが好きなの?」
 生前に1度ならず訊かれたが、なぜ好きなのか自分でもよく分からない。
 若いときなど、バス停の2つ3つくらいなら乗らないで歩いてしまうのがふつうだった。電車でも1駅か2駅くらいなら歩いた。

 乗車賃を浮かせようというケチな根性がないわけではないが、それが主たる理由ではない。立っていられないほど疲れているのでないかぎり、歩くことは苦にならない。というか歩くのが好きなのだ。田んぼの中の案山子が見ほれるくらい・・・。
 
 80を3つ4つ超える年齢になった最近は、さすがに若いときみたいなムチャはしないけど、それでも同年齢の爺さんに比べればよく歩くほうだと思う。

 足腰を弱らせ、寝たきりになって周辺に迷惑をかけないように・・・という大義名分も伴走してくれるしネ。

 で、毎日のスーパーへの買い出し以外にも、天気が良ければ当てもなく家を出て、足の向くままほっつき歩く。徘徊とまちがわれる可能性もあるけれど、あえて厭わない。
 
 先日もそん風に、1,2ヵ月に1回くらい歩くお気に入りの散歩コースを歩いていた。
 ・・・と、ある場所に来たとき妙な違和感を覚えた。いつもとちがう。なにかスースーする感じ。

 ・・・といって、体がなかば透き通った幽霊女が道端に立っていたわけじゃない。おてんと様全開の真っ昼間だったしね。
 
 数秒して気づいた。
 樹がないことに・・・。
 
 そこは片方が家庭菜園、反対側は崖になっている道で、その崖ぎわに大きな桜の樹があったのだ。ついこの間まで・・・。
 それがきれいに無くなっている。
 
 子供のころに読んだマンガに、”忍法雲隠れの術” というのがあって、巻物を口にくわえて印を結ぶと、煙ととともに一瞬にしてドロンと消えた。
 散歩コースにあった桜の消失はそんな感じだった。

 だがわしの眼底には、その樹は消えずにしっかりと残っている。
 おそらく樹齢7,80年にはなっていただろうと思われる老樹だった。
 考えてみればわしとほぼ同じ時間この世に生きていたわけだ。いわば同輩だ。
 
 そう気づいて改めて思い返すと、わし同様、確かに老衰の兆しはあちこちに現われていた。
 台風のあとは枝が折れてぶら下がったし、一年中葉をつけないままの枝も一部にあった。幹には穴が空いていて、いつか、ヒマな子供みたいに中を覗いてみたら、けっこう大きな空洞だった。

 湿った薄くらい闇の底でカサコソかすかな音がしていたから、何か小さな生きものが巣でも作っていたのかもしれない。その生きものもとつぜん棲む場所を奪われたわけだ。
 
 おそらく、大きな枝が折れて被害を出すことをおそれたお役所が、用心のため “処置” したのだろう。 
 地上3,40センチくらいのところで伐られていて、切り株にはまだみずみずしい感じが残っている。処置されたのは最近のことなのだろう。
 
 わしは半ばしゃがみこみながら、「7,80年も生きた人間なら、どこを切られてもみずみずしさとは無縁だろうになあ」などとどうでもいいいことを考えていると、
「何かいるんですか?」と後ろから声を掛けられた。
 ふり返ると、軽装に登山帽みたいな帽子をかぶった60歳くらいの女性が、わしの肩越しに覗いていた。
 
「ここにあった立派な桜の樹が、とつぜん伐られちゃったんです」わしは言った。
「・・・・」
「たしかに老木だったけど、まだ毎年がんばって花を咲かせていたんです。今年の春だって、満開のときはきれいでしたよ」
 すると女性はあいまいな表情になった。
「・・・ここに、そんな桜の樹がありました?」
「ありましたよ。かなり大きな樹でした」
「・・・そうでしたっけ。わたしはこの道、ちょくちょく通るんだけど・・・」

 言葉を失って見返しているわしの目に、無意識にも非難がましい色がにじんだのかもしれない。女性は「お先に」と言ってそそくさと離れていった。
 
「なにがお先に、だ」とつぶやきながらわしは思った。
(あんな大きな樹でも、ふつうは誰も気にしない。存在していることさえ意識されない。そして老いたらさっさと伐られて、すぐに忘れ去られる・・・)

 べつに驚くことはないやね。
 人間と同じ、ってだけだ。
 

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当ブログは週2回の更新(月曜と金曜)を原則にしております。いつなんどきすってんコロリンと転んで、あの世へ引っ越しすることになるかもわかりませんけど、ま、それまではね。

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