ツイてない日(下)

歩く老人

 足腰の鍛錬にと、”けなげにも” ガンバッテ隣市の図書館まで歩いて行ったら、「振り替え休日」で閉まっていた。
 ガックリきて、いま来たばかりの道を戻りはじめた途中、下腹部に異変を感じた。
 だが辺りに異変に対処できる場所がない。
 下腹部の自然の呼び声は高くなる一方だ。
 困った、どうするか・・・と進退窮まりはじめたきたとき、ある建てモノが目に入った。・・・ところまで前2回に書いた。(前回まではこちらから。→

 そのとき歩いていたのは県道沿いの歩道だったが、目についたのはその道沿いにあるタクシー会社の車庫であった。屋根付きで7,8台くらいの車が横並びに入庫できる。
 いつもは2,3台のタクシーが入っていて、運転手が煙草をすったり仲間と雑談しているのだが、このときはたまたま帰庫している車が1台もなかった。人けもなくがらんとしている。
 
 ふと思った。ここには運転手のためのトイレくらいは備えているのではないか。
 そう思うより先に体が動いていた。誰もいない車庫の中に足を踏み入れると、予想どおり隅のほうの、積み上げた古タイヤの陰に、それらしいドアがあった。
 
 わしはそのままそのドアへ直行した。
 ふつうなら断りもなくそんなことをすれば住居不法侵入罪だ。人がいたら怒鳴りつけられかねない。
 が、そのときはもはやそんなことを考えている余裕はなかった。ライオンに追われたトムソンガゼルのようにトイレへ駆け込んだ。
 
 入ったところは男性の小用のための狭い空間で、その奥にもう一つドアがあった。そのドアを開けて中に飛び込み、鍵を掛けながらもう一方の手で便器のふたを開けた。
 
 間一髪、間にあった。
 ふだんは神のことなど考えたことはないが、思わず神に感謝した。
 
 ところが、そうして窮地を脱し終えた直後だった。
 車庫に車が入ってくる音がした。タクシーの1台が帰ってきたらしい。
 一難去ってまた一難。

 まずい、と思う間もなく、足音がまっすぐこっちに近づいてきて、 ドアが開けられた。
 運転手のひとりが、生理現象を覚えて帰庫したのだ。
 その現象が大のほうで、もしこのドアのノブに手をかけたらどうしよう。使用中だと言わないわけにはいかないだろう。
 いや黙ったまま無言をつらぬく手もある。
 待て待て。それでは中に誰がいるのかと、かえって不審がられるにちがいない。車庫に他の車は1台も帰ってないのだから。
 かといって使用中だと答えれば、聞き覚えのない声なので、いったい誰が中にいるのだ? とやはりいぶかしく思うだろう。。
 名前を訊かれたら何と答えるか。
 通りがかりの者です、といって分かってもらえるか。
 ああ、万事休す・・・。
 
 ところが入ってきた男の必要は、ありがたいことに小のほうだった。ひとしきり小用の音をひびかせてから、手を洗って出ていった。
 
 ほっとした。助かった・・・と。
 だが問題は完全に解決したわけではなかった。
 見も知らぬヘンな爺ィがのこのこトイレから出てきたら、車庫にいる運転手はびっくりするだろう。
 そこで何と言うか。
 
 いやその前に水を流さなければならい。残留ブツを放置したままにするわけにはいかない。
 しかし誰もいないはずのトイレで水を流す音がしたら、車庫にいる運転手はなんと思うか。無人のはずなのに・・・。
 
 そんなことを考えて便器の上で固まっていると、ふいに車庫から車が出て行く音がした。
 そしてそのあとはしんとなった。車庫に人がいる気配は消えた。
 
 ホッとしてトイレから出た。ちゃんと水を流してから・・・。
 どきどきしたが車庫にはやはり誰もいなかった。
 胸をなでおろしながらふたたび県道沿いの歩道に出て、歩きはじめた。
 
 さっきまでよりだいぶ体が軽かった。
 腹の中の不要ブツを排出したからだけではない。目の前に立ちふさがった障碍を乗り越えたある種の達成感、というか開放感が気分を軽くしていた。
 
 その解放感を全身に味わいながら歩ていて、思った。
 今日はツイてない日だったな・・・と。
 確かに、ツイてない日はツイてないことが続けて起きる。
 
 ・・・と思ったあとで、また思った。
 でも最後の運転手の帰庫ではツイていた、運がよかったと言えなくもない。
 もし彼の生理現象が大のほうだったら・・・。
 いまごろこんなに快適に歩いてはいないだろう。
 
 ・・・というわけで、無断侵入のタクシー会社の車庫のトイレで、ウンを放したらウンがツイた・・・というサエないホヤホヤの体験談を書きました。おわり。

 

★お知らせ
 私は満80歳の誕生日から、このブログを始めました。
 何を血迷ったか最初のうちは “毎日更新” でした。
 が、さすがに日を経ずしてそれは老犬に馬車を引かせるようなものだと気づき、原則 “週2回” の更新に改めました。
 そしてほぼ4年半。老犬はさらに老い、お読みいただいてお気づきのように、いまや足腰が弱ってヨタヨタ歩きです。
 きっぱり辞めることも考えましたが、一度始めたことに自ら白旗を掲げるのもシャクです。せめて原則 “週1回” の更新にしてでも、もう少し歩いてみることにしました。
 この未練がましい歩きがどこまで続くか、どこでいよいよ足や腰が立たなくなってクタバルか、面白半分に見物していただければ幸いです。
                   2021年12月末記す

 なお、本年は今日が最後の更新です。新年は7日(金曜日)から始めます。

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当ブログは週2回の更新(月曜と金曜)を原則にしております。いつなんどきすってんコロリンと転んで、あの世へ引っ越しすることになるかもわかりませんけど、ま、それまではね。

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ツイてない日(下)” に対して 2 件のコメントがあります

  1. むらさき より:

    今年も楽しませていただきました~((o(^∇^)o))
    来年も元気でよろしくお願いします🙇⤵️

    1. 半ボケじじィ より:

      むらさきさま
       12/24日の記事の最後に書きましたように、80代も半ば近くになると、さすがに週2回の定期更新は背に重く感じられ、つい弱音を泣き言に変えたくなります。
       でもそんなとき、むらさきさんのような方に長く続けて「ボケモン島」に来ていただいていることを知り、時折りこうしたコメントを寄せてもらうと、とても励みなります。
       よっしゃ、もう少し痩せた尻にムチ打ってみるか、という気持ちになります。
       ありがとうございました。
       よい新年を迎えられるようお祈りしています。(半ボケじじィ)

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