脳梗塞の急襲!(その6)

脳梗塞の急襲

● ある心配

 前回は、”オシモ洗い” を行なう若い女性看護師の堂々たる仕事ぶりに感嘆の声をあげながら、教育・訓練のもつ大な力を改めて思い知った話を書いた。
 今回はそれにつながるもう一つの小さなエピソードである。小さいけれどわしにとってはけっこうなオ悩みだった。(前回まではこちら→
  
 3,4日に一回ぐらいのローテーションで行われる “オシモ洗い”。
 実をいうと、これにはもう一つひそかな不安があった。
 作業の最中に “粗相” をしはしないかという心配だった。
 もちろん中身が出てしまうアラレモナイ粗相ではない。気体だけが出るほうの粗相、早い話 “オナラ” である。
 
 あんたもやがて否応なく思い知らされるだろうが、年をとりある年齢を超えると、オナラの発生率が急激に高まる。
 なぜそうなるのか生理的メカニズムは知らない。ひょっとすると単に “出口の蝶つがい” が緩くなって、結果的に外に出る頻度が上がるだけなのかもしれない。

 ともあれこの問題の重要ポイントは、その気体の噴出には意志による制御が利くかなくなることである。いくら努力しても、向こうさんの勝手しだいで出てきてしまうことだ。あッ、と思ったときにはもう遅い。これは当人としては何とも対応に困る現象である。
 
 で、本題に入るが、前回でルル述べた “オシモ洗い” のときに、もしこの制御不能の現象が発生したら・・・という心配が常にあって、わしを悩ませた。
 
 なにをくだらないことを悩んでいるのか、と思われるかもしれないが、現実にその場面に直面する者にとっては、けっこう切実な問題である。あんたもその当事者になってみれば分かる。
 
 それも、音を伴わずひそかに出る無音性のものだとまだ救われる。高らかに音を発してお出ましになられる場合が困る。

 ちょっと想像してみてチョーダイ。
 このとき当事者は下半身一糸まとわぬ丸裸なのである。
 それも脚を広げていて、問題の気体の出口はあからまさまに目の前にある。

 その出口を震わせて(現実に見てないので実際に震えるかどうかは不明)号砲とともにオナラが噴出したら、荒波にもまれて鉄面皮になっているわしでもどんな顔をすればいいか分からない。
 顔を赤らめ身をすくませるだけでは足りない。だいいちそういう反応は80歳半ばの爺さんにはそぐわない。却って無気味感さえを与える可能性がある。・・・のではないかと思ってしまう。
 
 なにより、ひとの嫌がる仕事を敢えてけんめいにやってくれている看護師さんに失礼だ。無礼極まりないことこれに勝るものはないと言っていい。

 かといって、意思ではコントロール不能のだと弁解するのも、それこそいかにも弁解がましくて却ってみじめになる。
 
 そういうことをいろいろ想像して悩んだすえ、わしは肚をすえた。
 万にひとつにもそういう事態が発生したら、ただ一言「スミマセン」とだけ言い、あとはスマシテやり過ごそうと決めたのである。あれこれやるよりそれが一番だという気がしたからだ。
 
 それにしても、そういう事態はできるなら発生してほしくない。そう願った。
 が、世の中は甘くはなかった。一度だけだがやはり出てしまったのである。幸い号砲級ではなく、中くらいのデシベル音量だったが、音もしっかりと出た。
 
 そこでわしは予め決めていたとおりに「スミマセン」とだけ言い、後はよけいなことはせず言わずにスマシていた。
 
 そのときの看護師(20代半ばの女性)の対応が見事だった。
 彼女は顔色ひとつ変えず、ごくごくふつうの声で言ったのである。
「だいじょうぶよ。出るものは出るんだから」
わしは改めて感心した。いや感動した。

 しかしその後、もうひとつちょっと気になることが思い浮かんだ。

 爺さんだから、わしの取ったようなやり方でも何とかやり過ごせたが、もし婆さんだったら、こういう場合どう取り繕うのだろうかと・・・。

 女性がわし方式でやり通すのは、やはりちょっとムズカシイのじゃないだろうか。
 同じ状況で同じ事態が発生したら、女性はどういう反応をするのだろう。

 ・・・と思ったら気になって仕方がなくなった。
 
 余計なお世話だと言われそうだけど。

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