認知症のカミさんが作る”超”料理

認知症料理

 夫婦がひとつ屋根の下にいっしょに住んでおれば、お互い相手の人間性から多かれ少なかれ影響を受けずにはおれない。

 少し前のテレビで、一昨年亡くなった作家・政治家の石原慎太郎の逗子の家の生活を撮ったドキュメンタリー番組を見たが、その家はとてつもなく広大で、敷地は一般的な住宅の15軒分の広さ(540坪)があったそうだ。

 そんな大きな家に住んでいて、一日ほとんど顔を合わすこともない夫婦だったのに、慎太郎の奥さんは夫の生き方からイヤになるほど大きな影響を受けていた。

 一方わが家は、その慎太郎サンの家のトイレの広さとあまり変わらないくらいの面積しかない家屋で、イヤでもほとんど四六時中顔を突き合わせて生きている。トーゼン夫婦間で与え合う影響は大きい。
 
 その相手が認知症とくれば、そのパートナー(つまりこのわしのコトね)の受ける影響は尋常ではない。これもまあトーゼンだけどサ。

 双方とも仲良く認知症になった “共呆け” ならまだいいのだけど、一方だけ認知症で他方はまだ呆けていない(そう思っているだけかも知れないが)状態だと、認知症じゃないほうはいろいろと割を食う。生活にムズカシイところが出てくる。

 たとえば、日常的によく使う各種の道具類が、しょっちゅうどっかへ消えてしまう。よくまあこんなに「神隠し」があるものだ、神サンはよほどヒマなんだなァ、と驚くくらい。

 で、そのたびにあちこち探し回らねばならない。一日のうちかなりの時間を探偵役をさせられる。けど病気のせいだから文句も言えない。けっこうストレスがたまる。
 
 一番ガマンの大きいのは、わしの場合は食事である。
 食事の8,9割方は今でもカミさんが作っている。あえてガマンしてカミさんに作ってもらっている。

 どの本や新聞、テレビの医学情報でも、今まで当人がしてきた仕事を取り上げると、認知症状は大いに進行すると警告を発している。
 
 以前、この病気の知識があまりない頃にわし自身がそれをやって、彼女の症状が目に見えて高進したのに愕然としたことがある。

 わが家ではこれまで56年、カミさんが食事を作ってきた。
 ときたま手伝おうとしても、かえってうるさいらしく、よっぽど疲れているとき以外手伝わせない。
 
 それほど長く作りつづけてきたカミさんから、食事づくりを取り上げたら、彼女は生きてることの一番大きな存在意義を失う。認知症の症状が一気に進むのは目に見えている。
 で、 “認知症特製料理” を毎日食べている。

 実はあまりうまくない。正確に言えばかなりまずい。
 かつて彼女の作る料理は、飛びきりうまいわけじゃかったが、まずいわけでもなかった。まあほぼ満足して食べていた。不服を言ったことはない。

 ところが今や彼女は、半世紀の経験で身につけた調理の知識やコツを、100%忘れてしまった。まったく頭の中に残っていないらしい。スッカラカン状態。

 それでも今なお毎日作り続けられているのは、体が覚えている何か(考えなくても手がしぜんに動くなど)と、これも50年間の間に体に染みついた、食事は自分が作るんだという無意識の何かであるにちがいない。
 
 昨夜も辛い夢を見たと言ってあさ起きたとたあと嘆いていた。
 生徒さんたち(彼女は4,5年前まで地域の主婦たちに絵を教えていた)の前で料理を作らねばならず、しかし何をどうしていいか全く分からなくて苦しんでいる夢だったという。
 
 そんなカミさんが作る料理は具体的にどんな味かというと、ひと言でいえば訳の分からない味である。
 毎回違う。
 毎回、料理が出てくる。
 大きくは違わない。むしろ似ている。が、毎回どこか違う。
 早く言えば、毎回生まれて初めて口にする珍料理。
 
 それがある程度おいしければ、今日はどんな味だろう・・・と楽しめるのだろうが、人生はそれほど甘くない。
 

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