早起きは三文の得

 むかしは典型的な夜型人間だった。
 フリーランサーが長かったこともあって、夜っぴて仕事をし、夜が明け、窓から朝日が入ってくるころに、わしもベッドに入った。さあ寝るか、とカーテンを引いてごそご寝具にもぐりこむが、すぐには眠れない。その耳に、駅へいそぐ勤め人の足音が窓の外から聞こえてきたものだ。それが子守唄だった。

 ところがいまは、どんなに遅くても起床が朝5時をすぎることはない。
 ふつう4時には起きる。

 よく聞かれる。
 朝っぱらの4時に起きだして、いったい何をするの、年寄りが、って。
 むろん、庭におりて井戸水をくみ、頭からかぶる・・・なんてことはしない。
 上半身裸になって乾布摩擦をする・・・なんてこともしない。
 頭にハチマキを巻いて木刀を振る・・・なんてのはやりたい人にまかせる。

 じゃ何をするの? 水一杯のんで、またベッドに戻るのかって?
 からかわないでね。まじめなんだから。
 まず目覚めの体操をする。目の玊うごかしたり、首振ったり、耳たぶ振ったり。最後のはジョーダン。それから、ラジオ体操を自分流に変形したものをやる。皮ふマッサージもやる。そんなこんなで約30分。これで完全に目が覚める。

 それから瞑想をする。黒光りする板の間で座禅をくんでる禅僧が姿・・・なんてのを想像しないでね。わしのはただ坐って目をつむってるだけ。我流もいいとこ。でも腹式呼吸といっしょにこれやると気持ちがいいんだ。心が澄んでくるのがわかる。

 目をつむっているせいか、とりわけ聴覚が澄む。鋭敏になって、ふだんは聞こえない音が聞こえてくる。

 まず驚くのが、目覚まし時計の秒針の音。こんな大きな音を立てているのか、とびっくりするほど大きな音を立てて、時を刻んでいる。その音に意識を集中していると、時間の進む手ざわりのようなものが感じられる。こうやってわしたちは、1秒1秒死へむかって歩いているんだな、みたいなことを実感できるように思える。

 どこからか、家のきしむような音も聞こえる。家ってひそかにこんな音を立てているんだ、と最初のころは少し驚いた。わしどうよう建ってだいぶ経つ家なので、あちこちにガタがきて、小さな悲鳴をあげているのかも・・・などと思うと、あともう少し辛ボー、ガンバリな、みたいな気持ちになる。

 今の季節だと外はまだ真っ暗なのに、窓の外の道をゆく人や犬の気配が伝わってくる。犬に話しかける飼い主の声もよく聞こえる。「ダメ、それはダメでしょ」なんてのが聞こえてくると、犬は何をしようとしているんだろう、などと想像がうごく。

 チッチとか、ピーピーなどという小鳥の短い鳴き声がきこえはじめると、東の空がかすかに明るんできている。一日が始まる予鈴だ。

 こうして時刻が5時半あたりをすぎると、まるで申し合わせたように、あちこちから目覚ましのアラーム音が聞こえはじめる。比較的近いところから聞こえるものもあれば、遠くの方からかすかに聞こえてくるのもある。

 いまや多くは電子音だが、音色は様々だ。なかにはいっぱしメロディーを奏でるのもある。秋だと虫の音とまちがえそうなのも。
 冬は各家が窓をしめるからだろう、聞こえる数がうんと減る。

 ともあれそれらの音は、数秒から数十秒つづいてふいに消える。だが、こっちが消えてもあっちからまた始まる。なかなか消えないでえんえんと鳴りつづけるのもある。

 そうした様々な音は、その音のそばにいる人間のすがたを想像させる。性別や年齢、場合によっては着ているパジャマの色や柄まで見える。
 気持ちがのれば、こまごまとした生活情景まで目に浮かぶときもある。といっても勝手に想像するだけだけどね。

 たとえば、ベッドの上に半身だけ起こして、ボサボサ髪を掻きむしっている30男とか、目を閉じ口だけ開けて、のどチンコを大っぴらに見せながら大あくびをしている若い女とか、豊かな肉をゆらしながらトイレへ駆けこむ50女とか。
 えんえんと鳴りつづけている音には、あまり想像したくない光景が目に浮かび、ちょっと不安になったりする。

 そこへ、ときおり遠くから、電車の通過する音が入ってくる。踏切りの警報音も加わる。さながらティンパニーとトライアングルが演奏に加わるように。

 この時刻(早朝)の電車に乗ったことが何度かあるが、車内はすでにかなりの人で埋まっている。はやばやと仕事に出かける人たちがけっこういる。まぶたの裏にそんな電車内の風景も浮かぶ。
 
 世の中には自分以外にもたくさんの人が生きて生活している。
 顔も名前も知らないけど、それぞれに与えられた人生をけんめいに生きていて、いままた新たな一日を始めようとしている。
 それを思うだけで、わしのような老人でもなんとなく元気が出る。よっしゃ、わしも今日一日、ガンバッテ生きてみるか、といった気分になる。

 早起きは三文の得。大した得ではないけれど、わしの一日の中では好きな時間帯だ。

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” に対して 4 件のコメントがあります

  1. けい より:

    コメント拝見して年寄って同じことをするんだなーとにやり
    としました。私は4時半、布団の中で1時間体操と言葉遊び
    5時半には着替えて起きだし自室で自己流の体操、
    それからテレビ体操をして、朝食 それから1時間新聞を
    読みながらその間に洗濯機を回します
    そして一日の掃除等現役主婦の忙しい一日が午前中続きます
    昼食後夜の食事の買い物でそれから5時までが私の自由時間
    5時までのんびりと好きなことをします。
    夫は気向く時だけ手伝いますが、趣味の油絵を飽きもせず
    描いています。男性は定年があって羨ましい。
    女性にも定年があればと願っていますがもう超高齢者
    定年をもらっても残りは少ない、どうでもいいわ。。。

    1. Hanboke-jiji より:

      ここにもひとり、長老といっていい歳になっても、
      自分に与えられた時間を安易に投げ出さずに生きているひとが
      いるんですね。
      なにかしら長距離マラソンで一歩先を走っているひとが、
      振り返ってニコッと笑ってくれような気がします。

  2. むらさき より:

    半ボケじじいといい、けいさんといい、素晴らしい♪
    早起きは自分の時間が取れて、しかも夜は良く眠れそうで目標としているアラカンです♪
    実は早起きしても、何していいかわからずに、損した気分になっていたのです!
    私も、明日から早起き(と言っても目標は6時起き)して、体操しよう!
    看護師は体内時計が狂って、どうもいけません。
    朝、決まった時間に起きることが一番いい事、早寝早起きが一番いい事、よく知っているのにです。
    ありがとうございます!
    また、一つ賢くなりましたぜい!!!

  3. Hanboke-jiji より:

    むらさきさんは、日によって勤務時間が変わるんですね。
    目覚まし時計は狂わなくても、体内時計がくるっては辛いですね。
    その体内時計を鍛えて・・・なんて口では簡単に言えるけど、
    実際には難しいんでしょうねえ。
    でもむらさきさんは明日から早起きに挑戦されるそうですから、
    その明日に期待しましょう。
    明日はぜったいに逃げませんから。

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