脳梗塞の急襲(その7)
● 縮む
ここ何回かシモがかった話がつづいたが、最後にもう一回だけ。
(脳梗塞シリーズのこれまでの回はこちら→①、②、③、④、⑤、⑥)
考えてみれば入院生活では、”シモ” に関連するエピソードはけっこう多く生まれる。
なぜなら食事と排泄は、生きているかぎり付いて回るが、他の生活部分は入院するとどんどん省かれていくので、基本要素の食事・排泄部分が相対的にクローズアップされてくるのだと思う。
たとえばわしの入院中、同室のある男性患者は、一度だがベッドの上に派手に尿をまき散らした。
彼は70歳を超えていたけれど、認知症ではない。盛大な “オネショ” をしたはっきりした理由が別にある。
その理由を説明するには、男性器に関するある基本的な知識が必要になる。男性はもちろん分かっているが、その方面に疎い若い女性の方もいるだろう。話を追っていけなくなる可能性があるので、品のないやや微妙な話になるが、敢えて触れておきたいと思う。
男性性器、いわゆる陰茎(ペニス、通称オチンチン)は、ふつう2様の状態で存在している。
陰茎の先端部(亀頭)を外皮(包皮と呼ばれる)が被っている状態(いわゆる包茎)と、外皮が剥けて亀頭が露出している状態(露茎)の2様である。
子供はほぼ前者の状態のまま存在し、大人になると包皮が剥けて亀頭が露出した「露茎」の状態になる。
しかし大人になっても包皮が完全に剥けず、中途半端なままな人もいる。いわゆる「仮性包茎」の男性である。
かつては一種の通過儀礼、もしくは宗教的儀式の一つとして手術(割礼)を行なう民族・宗教もあったらしいが、少なくとも現代の日本では、性交時にはちゃんと剥けて特別問題にならないからだろう、そのまま放置している人もけっこう多い。いやほとんどであろう。その場合は時によって「包茎」状態であったり、「露茎」状態になったりする。時によって服装を変えるようなものか。
子供のオチンチンや、ミケランジェロのダビデ像のその部分を思い出していただければすぐわかるように、亀頭が外皮に被われた包茎状態だと、ペニスは縮こまったように小さくなる。特に寒いときなど、大きめのラッキョウくらいの大きさまで縮こまるときもある。理由は知らないがそうなる仕組みになっているらしい。
やれやれ、これでようやく本題に入れる。
さて、先に記した大量オネショの男性は、その「仮性包茎」の人だったようだ。それがまず押さえるべき第一のポイントである。
彼はそのとき尿意を催してきたが、できるだけ我慢した。
その気持ちはわしにも分かる。入院してベッドの上にいると、尿意のたびに看護師を呼ぶのは気が引ける。特に点滴を数本同時にしていると、ふだんでは考えられない頻尿になる。
で、いよいよ我慢の限界・・・となったとき、彼は看護師を呼ばないで、自分で尿瓶(しびん)に尿を取ろうとした。
ベッドの脇には尿瓶が専用のホルダーに入れてぶら下げてある。それに尿を取ってホルダーに戻しておけば、看護師がついでの折りに捨ててくれる。オシッコのたびにわざわざ看護師を呼び立てないですむ。
くだんの男性も忙しい看護師に迷惑をかけまいとして、そうしようとしたのだろう。
だがここにもう一つ問題があった。ベッドの上に横になりながら、出した尿を尿瓶の中に確実に移せるかどうかだ。
男性は女性の場合より簡単と思われそうだが、一つ思わぬ落とし穴がある。先ほど述べた包茎時と露茎時のオチンチンの形の違いである。
亀頭が露出している露茎時は形態が大きくなっているので、尿瓶の入り口から外れることはまずない。が、包皮に被われている包茎時は縮こまって小さくなっているので、うっかりすると尿瓶の口からホースが外れてしまうことがある。
くだんの男性はその失敗をやってしまった。
ぎりぎりまで出すのをがまんしていたので、出口が確実に尿瓶に入っているかどうかよく確かめないで、消火栓のバルブを一気に全開してしまった。途中で周辺の異状でドジに気づいたかもしれないが、そのときにはもはや勢いを止めることは出きなかった。ベッドの上にたっぷり大きな地図を描いてしまったのである。
そのあと彼がどんなに気まずい思いをしたか、いたたまれない思いをしただろうか思うと、想像するだけで胸が痛む。
でもそのまま放置するわけにはいかない。子供のころうっかりオネショしたとき、地図があまり大きくなければその上に体をのせて体温で乾かし、知らん顔をしたことは誰にもあるが、このケースはそれを踏襲するには規模が大きすぎた。
結局、彼は看護師を呼ばざるを得なかった。最初から呼んでおいた場合に比べて何倍もの辛い思を抱いて・・・。
しかしまあ入院中に限らず、生きているとこういうことはちょくちょくある。
善かれと思ってしたことが逆の、それも何倍もの悪い結果を生むことが・・・。
とくべつ神に毛嫌いされていると思いたくないが、病気でつらい目に遭っているときに、こんな思いはしたくないねぇ。ホント。
当ブログは週1回の更新(金曜)を原則にしております。いつなんどきすってんコロリンと転んで、あの世へ引っ越しすることになるかもわかりませんけど、ま、それまではね。