汚いものにブルーシート

臭いものにふた

 ある朝、とある民家の庭で女の全裸死体が発見された。・・・としよう。
 スワッてんでマスコミが事件現場に飛んでいく。住宅街の一角に投げこまれたアメ玉に群がるアリのように。

 しかし、マスコミがくる前にすでに警察がきている。
 事件の発生を知るのはふつう警察が先だ。マスコミはサツ回りから連絡がきて、はじめておっとり刀で駆けつける。で、1歩も2歩遅れをとる。

 記者とカメラマンが駆けつけたときには、事件現場にはすでにブルーシートが張りめぐらされている。その結果、テレビはへんてつもない青いシートをえんえんと映し出す。そんなもの見せられても面白くもなんともないんだけど、テレビはとにかく画面をうめる絵(映像)が必要だからね。

 それにしても、なぜ警察は事件現場をブルーシートで覆うのか。
 もちろん現場の光景をオープンにしたくないからだろう。
 なぜオープンにしたくないのか。
 捜査に差し障りが出るから、という理由がたぶん用意されているにちがいない。
 だがそれはあまり説得力のある説明とはいえまい。
 もちろん、捜査の障害になるケースも現実にはあるだろう。
 が、いちばんの理由はそれではないと思う。
 最大の理由は臭いものにフタをするためだ。汚いもの、見て気分が悪くなるものを隠すためだ、・・・とわしは思う。

 だが、汚いないモノは何でも覆い隠すのは、日本だけの特徴ではないか。
 外国に住んだことはないので正確なことは言えないが、テレビの国際ニュースなどで見る欧米の事件現場は、進入禁止のロープは張られても、何でもかんでも目隠しシートで覆ってしまうことはないように思う。

 とりわけ気になるのは、子供に対して行われる、これと同様の目隠し作戦だ。
 紙メディアであれテレビやネットなどの映像であれ、子供が見る可能性のある汚いもの、都合の悪いものはすべて覆いかくす。あわてふためいて見せないようにする。
 ・・・というのが日本のやり方だ。教育上よくないという理由で。

 見せないだけではない。危険をともなう可能性があるものは、すべて遮断する。危ないからといって、最初から子供に近づけさせない。手を触れさせない。

 その流れで、周知のように、日本は世界の最先端をいく教育法を編み出した。
 弱い子が傷つくのを避けるために、徒競走で手をつないで走らせる。みんな一緒にゴールインさせるために。

 世界に先んずる大発明だ。オリンピックでもこの方法を採用すればいい。
 そうすればオリンピック憲章に書かれている「人間の尊厳の保持」「平和な社会の推進」「人類の調和のとれた発展」・・・に大いに役立つのではないか。
 もっとも金メダルの数が大量に増えるので、主催者は金(カネ)がかかるといって渋るかもしれないけれど。

 誰でも経験することだが、大人になれば否も応もなく、世の汚い局面に直面することを避けられない。
 身に危険が生じる場面に遭遇することからも逃がれられない。
 世の中はすべてそれぞれの分野で、強いものと弱いものとで構成されている。
 これらは厳然としてある現実だ。それで世界は成り立っている。
 にもかかわらず、なぜ日本人は、こうした現実への心がまえを養い、対応の仕方を訓練をする機会を奪い取るのか。
 こういう風潮はいつから日本に現れたのだろう。わしが若い頃にはなかった。
 日教組のせいだという声を聞いたことがあるけど、本当なの?

 歌舞伎などの伝統芸能の世界では、子供に芸を教えはじめるのは6歳の6月6日から、ということが言われる。バイオリンやピアノなどでプロの音楽家をめざすなら、3,4歳からすでに稽古をはじめるようだ。最近はゴルフや野球などのアスリートの世界でも、親ができるだけ早い時期から、おもちゃがわりに子供用のクラブやバットを持たせる。

 生きていくということは、厳密にいえば一瞬一瞬に与えられる現実にそれぞれがどう対応するかだ。 
 芸能やスポーツほど明白に因果の糸は見えなくても、それまでに受けた教育や訓練が大きく結果を左右するのは、人生全般においても同じだ。

 そんなことは自明の理なのに、なぜ日本人は、より良く生きるための教育や訓練の機会を、わざわざブルーシートで覆い隠して奪うのだろうか。
 日本人はどんだけアホなのか、と思いたくなる。
 半ボケのアホがアホというのだから、救いのないアホと言う以外にないではないか。

 そんなことをツラツラ考えていると、日本の未来がブルー一色に見えてきて、わしの心までブルーシートで覆われてしまった。困った。

ポチッとしてもらえると、張り合いが出て、老骨にムチ打てるよ

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