式は仏滅、新婚旅行の宿は賭場だった(わしらの結婚式)

結婚はバクチ

 先だって(6月18日)『結婚式のゴキブリ集団』で甥の結婚式でヒンシュクを買った話を書いたら、その連想で自分たちの結婚式のことを思い出した。
 で、前回(6月25日の『”どこの馬の骨”告知作戦』)に、女房の頑固親父から結婚の許可をかちとるプロセスを書いた。今回は結婚式のあとに行った新婚旅行について書いてみる。考えてみればほぼ半世紀前の話である。

 わしら夫婦が結婚に至ったいきさつの一部については、2017.08.31の記事(『結婚タクシー説』)にも書いたが、結婚する時わしらは、届けは出しても結婚式は挙げないつもりだった。

 もともと2人とも儀式ばったことが好きではなかったし、日時や場所を指定して人々を呼び集め、自分たちを主人公にした式を執り行うなどというのは、どことなく押しつけがましく図々しい行為のような気がして、出来ることなら避けたかったのである。

 だが親たちは反対した。
 そもそも、披露宴もふくめた結婚儀礼は、個人の行事と思っているらしいがそうではない。それまで他人だった男女が善き夫婦となることを神に誓って祝福を受け、さらに、社会の最小単位である世帯を新たにつくったことを世間に広く知らせて認知してもらうためのものである。それをしない結婚は “世間へコソ泥に入る” のと同じである、と言われた。

 若年で未熟だったわしらは、親たちの言っていることの真の重みを充分に理解していなかった。そこで結婚式にともなう費用や時間の浪費、あるいはくだらない虚栄の問題などあれこれ理屈を言って抵抗していると、妥協案を示された。

 ①人々を招き集めて仰々しい式を挙げるのはやめてもいい。
 ②ただし、当人2人だけでしかるべき所で挙式を行い、貸衣装でいいから結婚写真を撮る。
 ③その写真を社会(しかるべき人たち)へ送る。
 以上のことをすれば、最低限の社会的責任は果たせるだろう、という提案だった。
 わしらはその提案に納得し、呑んだ。

 ところで、女房は高校時代に友人たちと奈良の橿原神宮を訪ねたことがあった。そしてその広大な境内の静謐さに感動した記憶をもっていた。で、同じやるならそこでしようよということになって、やや遠出になるが、2人だけの挙式は橿原神宮でやることにした。

 さっそく橿原神宮に電話してみると、ほぼ一年先まで予約で埋まっていた。ただ、”万事に凶” の大悪日とされる仏滅の日だけは、ほとんど空いているとのことだった。
 仏滅だろうと友引だろうと、わしらにはそんなことはどうでもよかった。そもそも橿原神宮は神道なんだから仏さんは関係ないだろ、といった感じで、いちばん近い仏滅の日に予約を入れた。

 式は朝の10時からだった。で、前日に橿原市へ行って一泊することにした。たまたま図書館で手に取ったガイドブックの、後ろのほうに載っていた小さな広告が目に止まり、宿泊料が格安だったので電話を入れて予約した。

 式前日の午後遅く、近鉄線の最寄り駅で降りて、メモしてきた住所地にきてみると、そこにはそれらしい旅館がなかった。
 番地を写しまちがえたのかも・・・と周辺を歩き回ったがやはり見つからない。通りがかりのひと何人かに訊いてみたけれど、みんな首をかしげて、そんな旅館は知らないという。
 日が暮れはじめた。
「参ったな、やっぱり仏滅がまずかったのかな」
「いや、仏滅は明日で、今日じゃないわよ」
 などと間の抜けた会話を交わしながらなお歩いていると、あったッ、ついに目当ての旅館名を書いた看板を発見したのである。

 ただ、軒先にぶら下がっているその小さな看板は、ペンキが色褪せて消えかかっているし、ちょっと傾いているし、間近で見ればクモの巣でもかかっていそうだった。
 しかも、実はそこは最初に来た所だったのである。気づかなかったのは、何より建物自体が営業中の旅館にはまったく見えなかったからだ。老夫婦がひっそりと余生を送っているちょっと大きめの民家、という感じであった。
 改めて確かめると、所番地はメモに書いてある通りだ。やはりここ以外になかった。

 桟に白く土ぼこりが溜まっているガラス戸を、ガタガタいわせて開けて入った。
 中は雑多な物が置かれていて、やはりホコリを被っている。しかも人の気配がまるでない。
 大声で案内を請うと、しばらくして60がらみの女性が、不審そうな顔をして出てきた。
 電話で今夜の宿泊を予約した者だというと、その老女は一瞬あッという表情をした。口には出さなかったけれど、「えッ、ほんとに来たの!」という顔だった。

 表の間口は大きくなかったけれど、奥へ深い建物だった。言うところの “うなぎの寝床”。ずいぶん奥のほうへ案内されて、まるで深い洞窟の中へ入っていくようだった。

 風呂も食事もだいぶ待たされた。
 おそらくわしらが着いてから、あわてて用意しはじめたのに違いなかった。
 今夜寝る布団の綿もいま打ってるんじゃないの、などと冗談をいいなが待ったが、そういうハプニングもけっこうおもしろかった。若かったね。

 しかしまあ一応、風呂も食事も布団も出てきた。
 質は正直いって並み以下のも一つ下で、結婚前夜の宿としてはソートーみじめ・・・と言えないこともなかったが、料金がソートー格安だからきれいにバランスがとれてる、と思うことにした。

 ところがやはり、ひとつ問題が生じた。
 午後10時を過ぎたころから、中庭を挟んで相対する部屋から、複数の男たちの声がし始めたのである。秘密の会合でもしているかのような妙に低い声だ。それも一時的なものかと思ったがなかなか静かにならない。

 部屋にテレビもないし、寝る以外に何もすることがないので、ちょっと声をかけてもう少し静かにしてもらおうと、音のする部屋のほうへ廊下づたいに歩いて行ったわしの足が、思わず止まった。
 その部屋では、男たちが博打をしていたのである。

 障子や襖は閉められていたので中は見えなかったが、5,6人くらいはいそうな男たちの声の内容と口調から、100%賭場が開かれていることはまちがいなかった。

 そんな所に顔を出して、すみませんがもう少し静かにしてもらえませんか、あした結婚式なもんで・・・などと言う勇気は、ひっくり返しても当時のわしの心臓の中にはなかった。宿の人に言って頼む手もあったけれど、それも遠慮することにした。そもそもこっちは、ホントに来るとは思われなかった一見の客だし、向こうはおそらく常連客だ。それに相手の人間のタイプがタイプだし・・・。

 男たちの声は明け方4時ごろまで続いた。わしたちはほとんど眠れなかった。ウトウトしかけてもすぐに男たちの錆びた声で目が覚めた。

 翌朝宿賃を払って宿を出るとき、宿の女将(と思うが例の60がらみの老女)から、「ゆうべは騒がしくてすみませんでしたねえ」くらいの声がかかるかと思ったが、ひと言もなかった。まるで猫の鳴き声ひとつしない夜だったように・・・。

(橿原神宮での神前結婚式は、どこにである普通ものだったので省略する。)

 さて、帰りの列車の中でわしはふと思った。
 図書館で見たガイドブックは、そうとう昔に出版されたものだったにちがいないと。
 そしてそのガイドブックに広告を載せていたあの旅館は、時代に乗り遅れて客がこなくなり、警察に知られると困るような人たちに部屋を貸して、ほそぼそと生きつないでいるのだろうなァと。見つかると、臭いめしを食べなければならなくなる危ない橋を渡っていると知りながら・・・。

 しかし、それにしてもよくわしらを泊めてくれたな、とも思った。あとで通報される危険を避けるために、なんとか理由をつけて断ることもできただろうに。
 日も暮れかけた頃にやってきて、心細げに立っている頼りなげな若い2人を追い返すにしのびなかったのだろうか。見かけによらず優しい人はどこにでもいるものなのだ。

 一方で、車窓に流れる田園風景を眺めながら、やっぱり “仏滅” がまずかったかなァ~、とわしは思った。
 少なくともこのような形でスタートしたわしらの結婚生活の前途が、輝かしく洋々たるもののようには思えなかった。

 そして現在わしは、そうして始まった結婚生活のほぼ全貌が見渡せるところに立っている。
 そして思う。輝かしく洋々としているのは、これからだなァ~と。

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式は仏滅、新婚旅行の宿は賭場だった(わしらの結婚式)” に対して 2 件のコメントがあります

  1. むらさき より:

    お写真は 半ボケじじいご夫婦?
    だとすると、奥様すごく可愛らしい♪
    見えんだろ!と思ったなら、半ボケじじいは大ボケじじいいです(笑)
    女は、こういう時のアンテナはすごいんだわ(笑)
    半ボケじじいは、真面目そうな青年ですな~~~

    って、そうゆう話しじゃなかったね(笑)
    恋愛結婚、憧れるわ~
    私は、よくわからぬままのお見合い結婚だったので・・・

    1. Hanboke-jiji より:

      いやあ、80年人間やっても、女人の井戸の底は深くて見えませんなあ。
      むらさきさんにそういう透視能力があったなんて思っても
      みませんでした。
      しかしまあ、この歳になると、裏の裏(…というと表?)まで
      見通されても、怖くはないです。
      ひからびた皮だけですから。

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