結婚式のゴキブリ集団

結婚式

 今は6月の盛りである。英語でいえばジューン。ジューンといえば「ジューンブライド」・・・といった決まり文句が、わしが若いころは、バカなオームが辺りにバタバタ飛んでるみたいに聞こえてきたものだった。今はさすがに鳴りをひそめているけれど。そもそも結婚そのものがあんまりハヤらないみたいだからかな。

 ところで「結婚式」といえば、わしにはほろ苦い思い出がある。今回はそれを書いてみる。
 といってもわし自身の式ではない。いまは数十人の部下をもって中堅企業の幹部になっている甥っ子が結婚したときのコトだ。つまりかなりムカシの話である。

 式場に着いて、親戚縁者の集まっている部屋に入ると、みんなの視線がいっせいにわしへ集まった。
 最初は、エッ、という顔。それから、露わでないが眉をひそめる表情。
 むろん、わしも来る前からあるていどは予想してた。しかし予想を遥かに超えていた。

 その頃わしは、フリーランサーとして広告関連の業界に身をおいていた。そのせいだろう、確かに一般的な常識にはあまり縛られなかった。しかし、その日身につけた服装が、ここまで皆のヒンシュクを買うとは思わなかった。

 そもそも、それまでも結婚式に参列するたびにわしは思っていたのだ。なぜ男たちはみんなゴキブリみたいな黒い服を着るのか、と。男たちだけで集まっている辺りは、ほとんどゴキブリ集団の集会だ。
 たしかにネクタイは白やシルバーを着用している。が、それ以外はほぼ黒ずくめだ。もちろん、それが日本では慶事の礼服で、結婚式では男はこれを身につけるのが一般的である、ということは知っていた。

 しかし、「一般的」というのは「最大公約数的」なものである。それ以外のものが絶対に許されないというわけではなかろうと、当時若かったから単純ストレートに考えたわけだな。少数派ではあっても、礼服以外のものを着用したからといって、爪はじきされるほどのことではないと思っていた。
 だいいち女性は、”花嫁より目立たない” という暗黙の了解はあるにしても、各人がそれぞれに選んだ服を着て参列している。なぜ男だけが、ゴキブリ集団に右へならえ風にしなければならないのか。

 葬式の場合の黒の礼服は、わしもまあそれほど違和感を覚えない。死の悲しみに黒は心になじむ色である。
 しかしお祝いごとである結婚式には、参列者がそれぞれの慶びを表した服装を身につけたほうが、式へ列席する目的にもふさわしいのではないか。
 ・・・とまあ、そのときまだ若かったわしは思ったのである。

 そこで、時は春先でまだ寒い日だったこともあって、わしは当時お気に入りだった手編みのぶ厚いセーターを着て行った。毛糸の色やデザインもなかなかシャレていて、明るく、見るものに何かしら幸せ感を覚えさせるものだった。自分なりに新郎新婦への言祝ぎの気持ちをそれで表現したつもりだった。

 ところが先に述べたように総スカンを食ったのである。身内の新郎側の人たちも相手方の新婦側の人たちも区別なく、わしを見る目にトゲがあった。非難、軽蔑、呆れ等をふくんだ冷ややかな視線がチクチク刺さった。

 式の前だったか後だったか忘れたが、新郎新婦両方の親族を紹介し合う場面で、兄(新郎の父親)はわしを紹介するとき、急にバツの悪そうな顔になり、小さな声で訳のよく分からないことをもごもご言って、逃げるように次へ移った。結果として却って、おかしな親族が新郎側にいることを列席者にわざわざ印象づけた。そのおかしな親族当人であるわしは、どんな顔をしていればいいか分からず困った。

 それから1週間ほどして、母親から現金書留が送られて来た。
 それほど生活に困っているとは知らなかった、すぐこれで用意しなさい、という手紙を添えて、礼服を新調するに十分な額のお金が同封されていた。

 そのときわしは何とも言いようのないさみしさを覚えた。
 いくつになっても変わらぬ親の愛情はありがたいが、それはそれとして、なぜ母親もふくめて日本人はこうも首ふり人形のように世間一般に右へならえして、個々人の自由な考えや感覚を抑えこもうとするのか。
 もちろん、それが人々に迷惑をかけるものであってはならないないが、べつだん差し障りのないものならば、各個人の自己表現にもっとおおらかで寛容な心で対応できないものか。

 時代が変われば世の中の実情も変る。これまで行われてきた風習や慣例が、そぐわなくなるものが出てきて当然だ。
 そういう実情に柔軟な対応をせず、なんでもかんでもこれまでの習わしやしきたりをそのまま押しつけてタガをはめてかかろうとするのは、個人にとっても社会にとっても決して良い結果を生まないのではないか・・・と思ったのである。

 和を尊ぶ日本社会の良い面は、もちろんたくさんある。行き過ぎた個人主義でときに綻びを見せる欧米社会が、和の日本に目を向け始めているという話も聞く。
 しかし和を尊ぶがゆえに、大多数と異なるもの、全体からはみ出るものはすべて排除しようとする傾向が、日本の社会にはあるように思う。

 テニス・マッチの正面観覧席にならぶ観客みたいに、日本人みんなが糸で操られたように一斉に同じ方向へ顔を動かす光景は、はっきりいって気持ち悪い。これは少々異常ではないか。

 ・・・とわしは思うのだが、みんなはどう考えるだろう。

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