2秒に勝負を賭けたうなぎ

うなぎ

 今年の「土用の丑の日」は7月20日、つまり今日である。

 このことばは子供のころからよく耳にしていた。もっぱら “うなぎを食べる日” として。
 しかし美味いうなぎをたらふく食べて幸せだった記憶はない。
 むしろわしには、うなぎには恨めしい・・・というか悔しい思い出がある。思い出すだけで体じゅうで苦い味がする。

 小学5,6年生くらいだったろうか。戦後の食糧難時代の真っ最中で、腹の中はほとんどいつも空っぽ、頭の中はほとんどいつも食いモノのイメージでいっぱいだった。

 うなぎといえば、今は別の理由で高級魚あつかいだが、当時も、うなぎはわしらの口にはめったに入らなかった。戦後の混乱のなか流通ルートが壊滅状態で、うなぎを食べるには自分の手で捕ってくる以外になかったからである。

 家から15分ほど歩いたところに川があった。その川で各種の川魚が捕れたが、うなぎはめったに捕れなかった。川の河口が日本海側だったせいかもしれない。とにかく特別な魚だった。だからだろう夏になると老いも若きも・・・どころかわしらのような小学生までうなぎ捕りに挑戦した。

 大人は、(よそでは何というか知らないが)わしの地方では「もんどり」と呼ぶウナギ捕りの道具を使った。竹製筒状の仕掛け篭で、中にミミズなどの餌を入れて、日暮れごろに川底に沈め、ひと晩おいて翌朝回収に行く。
 が、ふつう、うなぎが入っていることはめったになかった。ごくごくたまに、川の神に目をかけてもらった幸運な男のもんどりの中に1匹でもうなぎが入っていようものなら、すぐに村の噂になった。

 が、それは大人の話で、わしらのような子供にはその「もんどり」さえ使えなかった。大した値段ではなかったと思うが、当時、子供の遊びに金を出す親などいなかった。

 だが子供は発明の天才。なければないで代わりのものを考え出す。
 うなぎ捕りにわしら子供が使ったのは、これ以上単純にするのは不可能な、シンプルの上にもシンプルなものだった。長さ1メートルほどの細めの篠竹の先に、十センチくらいの太い木綿糸を結び、その糸の先に針を取りつける。その針に餌のミミズを付け、川の中の大きな石の下や、石垣のすきまなどに差し込んでおく。そしてやはりひと晩おいて翌朝引き上げに行く。

 周辺の大人たちはそんな子供らのやることを見て、ニヤニヤ笑ったものだ。
「そんなチャチなもんでうなぎが捕れるんなら、竹ヤリでB29だって突き落とせるわナ」
 小バカにされても仕方がなかった。実際に延べ何十回何百回仕掛けても、うなぎが捕れたことは一度もなかったから。くやしくても、黙って首うなだれている以外になかった。
 
 ところがである。それがこの世のおもしろいとこだが、あり得ないと思われていることが時に・・・何十回か何百回にいっぺん、起きることがある。
 ある朝、わしが仕掛けたうなぎ針にうなぎがかかっていたのである。
 驚いたのなんのって!
 
 こういうことがあろうとはほとんど・・・いや100%期待していなかった。いちおう頭ン中のどこかでは、せせら笑う大人たちを今にギャフンと言わせてやる・・・くらいのことは思っていたかもしれないが、本心ではそんなことが起こりうるとは思っていなかった。夏休みの男の子たちの遊びのひとつとして、習慣的もしくは惰性的なやっていただけだ。
 
 それがなんと、自分の仕掛けた針に本物のうなぎが掛かったのである。それもかなり大きなうなぎだった。
 わしは、ティラノサウルスを釣り上げたかのように仰天した。
 頭の中がまっ白になった。一種の錯乱状態・・・といってもよかった。
 
 ふつう大人は、捕れたときの用意に魚籠(ビク)かバケツを持っていく。しかしわしはそんなもの持ってきていなかった。そんな発想は全身どこにもなかった。

 だが、手でつかんで持ち帰るにふさわしい相手ではない。
 どうしたかというと、1メートルの篠竹の先にうなぎをぶら下げたまま走ったのだ。
 歩けば15分くらいだから10分くらいは走っただろうか。竹の先でくねくねするうなぎをぶら下げながら鼻息荒く走っているわしを、村人たちはみな驚き顔で見送っているのが分かった。その時のわしの気持ちをなにかに喩えれば、五輪聖火リレーの最終ランナーのような気分・・・とでもいえばよいだろうか。

 当時、住家のまえには生活用水として使う小川が流れていた。幅60~70cm、深さ30~40cmくらいで、かなりの水量と水勢がある。主婦はこの川で野菜を洗ったり洗濯物をすすいだりした。男は仕事あがりの足や農機具のドロを洗い流した。
 この小川は道路と家のあいだに流れているので、各家の入り口まえで川の上に小さな橋が架けられている。

 で、勢いこんでわが家の橋の上に差しかかったときだった。
 篠竹の先にぶら下げられていたうなぎがとつぜん大きく跳ね、木綿糸が切れて、うなぎは川のなかに真っすぐに落ちた。
 ポチャン、という音がした。
 あわてふためいたわしは川のふちに膝をつき、水面すれすれに顔を近づけて、川のなかを覗き込んだ。
 うなぎの姿はすでにどこにもなかった。
 わがティラノサウルスは完全にわしの前から消え去ったのだった。

 わしはそのままの姿勢で、いつまでも川の中を覗きこんでいたらしい。
 たまたま通りかかった姉が声をかけたが、ひきつった青い顔をして反応せず、何を話しかけてもゼンマイの切れた人形みたいだったと、その後この話が出るたびに姉はそう言ってみんなを笑わせた。
 
 一方わしは、この時のことを思い出すたびに思うのだ。
 家のまえの橋を渡るのにかかる時間は1秒か、せいぜい2秒。
 あのときうなぎは、そこが川の上と知って大きく跳ねたのか。
 水の匂いとか湿度の変化とかによって、ヤツは水の上と分かったのか。
 うなぎは2秒に命の勝負をかけたのか。
 それとも単なる偶然だったのか。

 偶然だったとしても、奇跡的な確率の偶然を自分のものにしたあのうなぎは、とてつもなく強い運をもっていたという以外にない。
 そんな強運のうなぎに、貧運の私がどだい勝てるわけがなかった。
 ・・・ということは神サンは、暑気払いに気軽なおアソビをしてみたわけか。
 どっちにしても、思い出すたびにいまだにいまいましいというか、なにか悩ましい。
 それにしても、今年の夏は暑いデスな。

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