わがコロナ対応法

わがコロナ対応法

 購読しているあるメルマガ(デジタルクリエイターズ)が、先ごろわしの気を引くこんな編集後記を載せた。

 著書『バカの壁』が大ベストセラーになった解剖学者、養老孟司氏の次のような言葉である。
「人間には都合がよくない新型コロナも、多様性の一つ。登場してしまったからには、共存するしかない。だって自分の一部ですから」
「世の中も自然も、思うにまかせぬものですから、起こったことはしょうがない。その結果をいかに利用し、生き方を見直すかで先行きは違ってくる。日本の敗戦経験とおなじだよ」

 続いて、読売新聞編集委員の芥川喜好氏のこんな言葉も引いている。

「『持病』のある『高齢者』としては、とりあえず人混みに出るのは避けて、本読みに専念するほかはありません。これは『自粛』などということではない。出されている情報から状況を察して、その時々で自分の身の置き方を考える。リスクのありそうなことは、やめておく。ただそれだけの自分の判断です」
 
 著名な2人の言葉にこんな言い方をすると、鉄面皮だのおこがましいだのといわれるかもしれないが、わしのコロナに対するスタンスとほぼ同じだ。ま、わが意を得たり、って感じね。
 
 この世にはいろんなことが起こる。
 多くはわしの責任ではない。自分とは何の関係もないのに、勝手にどっかからやってきて、多大な影響を及ぼす。それも当方にとって都合のよくないことが多い。こんどのコロナみたいに。
 
 そんな(自分の責任でもない)モノやコトにいちいち悩んだり苦しんだり、悲しんだり怒ったりするのはアホらしい。・・・とわしは考える。
 かといって、現実に自分の足元に被害の波が押し寄せてきているのだから、ただぼーっと突っ立っていて頭から冷たい波をかぶるなんてのも芸がない。はっきりいってそれは、アホが背中に能なしの看板を背負ってぼーっと突っ立っているようなものだ。
 
 足元に来ているのはどうにもならない現実だとしたら、それにはいま自分にできる対応を目いっぱいやる。できないことはしない。またできないといってゴチャゴチャ愚痴やら泣きごとは言わない。人様に文句も言わない。
 
 それでもコロナが乗り込んできたら、それは運命。
 わしは充分に高齢者だから重篤化して、敏速かつスムーズにあの世に運ばれる可能性は高い。
 
 ・・・としてもそれはそれで仕方がない。というか甘んじて受け入れる。それがわしの寿命であり宿命だ。
 
 ・・・というのがわしのコロナ対応法。
 外野の声が聞こえるね。そんなお気楽なことが言えるのは、お前さんがもういつ死んでもいい “充分な高齢者” だからだと。
 あるいはリアルにコロナに乗り込まれていないからだと。
 その通り。それは分かっておる。
 だからこれは、コロナ未経験の半ボケ爺ィのコロナ対応法である。
 

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当ブログは週2回の更新(月曜と金曜)を原則にしております。いつなんどきすってんコロリンと転んで、あの世へ引っ越しすることになるかもわかりませんけど、ま、それまではね。

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