暗く長い旅(下)

          お知らせ
 私は満80歳の誕生日から、このブログを始めました。
 何を血迷ったか最初のうちは “毎日更新” でした。
 が、日を経ずして、それは老犬に馬車を引かせるようなものだと気づき、原則 “週2回” の更新に改めました。
 そしてほぼ4年半。老犬はさらに老い、お読みいただいてお気づきのように、いまや足腰が弱ってヨタヨタ歩きです。
 きっぱり辞めることも考えましたが、一度始めたことに自ら白旗を掲げるのもシャクです。せめて “週1回(原則)” の更新にしてでも、もう少し歩いてみることにしました。
 この未練がましい歩きがどこまで続くか、どこでいよいよ足や腰が立たなくなってクタバルか、面白半分に見物していただければ幸いです。
                   2022年1月7日

入れ歯を呑み込んだ

 前回の最後に、次回は目玉が飛び出すような話を紹介すると書いたが、じつは飛び出したのは目玉ではない、歯である。それも前方へではなく後方へ飛び出した・・・。(前回はこちらから)
 
 それは、そのエッセイの筆者の知人に起きた話として書かれているけれど、案外筆者自身の経験かもしれない。よくあるからねぇ、自分の話をひとの話として書くことが・・・。
 しかし誰に起きた話かは重要ではない。仮にいま、その話の主人公をK氏と名付けておこう。
 
 K氏は実質的に総入れ歯であった。
 あるとき、上顎にはめていた義歯をうっかりを呑み込んでしまった。
 あんな湾形の大きなものが、よくまあ狭い入り江みたいなノド元を通ったものだと、エッセイの筆者がK氏に言うと、K氏は、「いやあ弾みというのは恐ろしいもんですなあ」を言って胃のあたりをさすっていたという。
 
 K氏が、さしあたって何より心配したのは、呑みこんだものが再びこの世に出てきてくれるかどうか・・・ということであった。
 たしかにあんな剥き出しの歯に、いつまでも腹の中にでんと居座って辺りを睨まれていたんじゃ落ち着かない。

 悪いことにその総入れ歯には、両端にバネが付いていた。
 2本だけ残っていた親知らずに引っかけて義歯が外れないよう、金属製の鉤が取り付けてあったのである。

 その鉤付き入れ歯が、食道→胃→幽門→十二指腸→小腸→大腸→最後の関門肛門と、通過しなければならないすべての行程を通りぬけて無事にシャバに帰ってこれるかどうかであるが、その道の長さを考えると不安を抑えきれなかった。

 なぜならその道は、下水道管のような硬質塩化ビニールや鉄筋コンクリートで出来ているのではない。赤ん坊の皮ふのように柔らく柔弱な粘膜でできているからである。
 それも、米国砂漠地帯を走るハイウェイのように真っ直ぐならまだしも、あちこちで曲がりくねっている。

 そんな、ピルグリム街道みたいに煩雑な臓管の中を、踏んばったワシの足の爪のような鉤を持った、顎の張ったゴツイ湾形の巡礼が通っていくのだ。

 管のどこかで爪を引っかけて粘膜を引き裂き、大量の血が暗いトンネル内に噴きだす・・・といったうようなことが起きないと考えるほうがむしろ難しい。
 
 Kは取るものも取りあえず医者に駆け込んだ。
 ところが医者はあんがい落ち着いた顔をして言ったという。
「2,3日ではムリかもしれないが、1週間か10日もすれば出てくるでしょう。針金もそれほど心配することはないと思いますよ」
 ふだんはあるていど信頼してかかっている医者だったが、K氏の不安は消えなかった。
 
 ともあれ彼は翌日から毎朝、人生で初めて行なう特殊な作業を行なった。
 長い菜箸を手に、自分の体から出てきたモノの中を探るという、めずらしいが面白くも楽しくも嬉しくもない陰気な作業である。
 
 当時のことで、洋式ではなく和式便器であったことがまだしも救いであった。作業はしやすかったものの、自分のモノとはいえ臭いには閉口した。

 ところが最初は耐えがたかったその臭気も、日とともに慣れてきた。作業自体の抵抗感も徐々に薄れた。慣れがあるのは人間にとって大きな救いである、とK氏は改めて知ったらしい。
 
 ちょうど10日目の朝であった。
 菜箸の先が何か固いものに当たった。
 おッ、ひょっとして・・・と慎重に山を崩していくと、出てきた。
 間違いなく、かつて自分の口の中にいた懐かしい・・・と言うべきかどうかは微妙な旧友であった。
 
 水を掛けて洗ってみると、ソレは、食べものの未消化繊維らしきものでグルグル巻きにされていた。
 ことに両端の鉤には、繊維が念入りに巻き付ついていて、まるでオコモさんみたいだったとK氏は感想をもらしたそうな。
 
 彼は、もち場を一時期離れていた健気なる友を、蛇口の下でていねいに洗い流しながら、ねぎらいの言葉をかけてやったという。
「10日間もの長いあいだ、暗い夜道をたった一人で旅をさせてしまい、心細かっただろうねえ、淋しかっただろうねえ、ほんとにご苦労さん・・・」
 
 そのK氏の気持ちも分からないではないけれど、わしは少し別のことに感嘆していた。

 出てきた入れ歯が食べものの繊維で巻かれており、それも鉤部分はとりわけ念入りに巻かれていたということは、明らかに、体が取った自衛処置だったにちがいないと思ったからである。

 両手に刃物をもって渡っていく異形の物。
 その異物から、咽頭にはじまり肛門にいたるまでの、繊細で傷つきやすい消化器官を護るには、何らかの防御措置が必要であった。その措置を体は、手許にある材料を使って完璧にやってのけたのである。
 
 誰が指示を出して、何がどのように動いてこの作業が完遂されたのかは知る由もないけれど、結果からみてその手ぎわは見事というほかない。

 人間の体というのは、なんと精密精妙に出来ているものだろう!
 
 そのことに打たれたように感動したのである。

 わしは意味もなく自分の両手を目の前に出して、表裏を返しながらしみじみと眺めた。
 そこにあるのは、シミとシワが見えるありふれた年寄りの手であったが、人間の体がこの時ほどいじらしく愛おしく感じられたことはない。
 老人の感傷ではあろうけれど・・・。
 
 後日談がある。
 何か月か後、エッセイの筆者がK氏に会ったとき、さりげなく訊いてみた。
「あの入れ歯、あのあとどうしたの?」
 何とはなく、裏庭に小さな墓でも作ってやったのではないか、とひそかに思っていたからである。
 するとK氏はニッコリ笑って口を開けてみせた。
「ここに居るよ」
 そこには白い入れ歯が泰然と納まり返っていたという。

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当ブログは週2回の更新(月曜と金曜)を原則にしております。いつなんどきすってんコロリンと転んで、あの世へ引っ越しすることになるかもわかりませんけど、ま、それまではね。

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