同じ種で殺し合うのは人間だけではない(下)

アリの巣

 前回からの続きである。(前回まではこちら→
 
 日が経つと、奴隷の中には死ぬものが出てくる。数が減る。
 すると奴隷を新たに補充するために、サムライアリは半年に一度くらい “奴隷狩り” の遠征を行うという。

 この遠征にも周到な戦略をもって臨む。
 まず斥候を出して偵察をおこない、狙うヤマアリ・コロニーの標的を定める。
 標的が決まってもすぐには襲わない。行き帰りに最適なルートを開拓する。こうした準備を固めてから、はじめて総攻撃を敢行する。

 ここまで段取りができれば、あとはリーダーが指示をしなくても、サムライアリは集団でしぜんに対応できる。
 彼らが本格的に仕事をするのはこの時だけなのだから、戦闘には全力を尽くして突入する。
 もともと、働くのは嫌いだが戦いは好きな集団なのだ。

 しかし、襲われるヤマアリ集団にしても、ただ黙って襲われているのではない。どこかの国のように憲法で非戦・反戦を掲げているわけではないから、サムライアリの襲撃を常に警戒しているし、その気配を察知すると直ちに兵士アリが迎撃態勢に入る。

 しかし相手は、強力な武器(サーベル状の鋭い大アゴ)を持ったプロの戦闘集団である。戦闘能力がきわめて高い。
 それでもヤマアリにとっては、王国の存亡をかけた戦いだから、日常の役割分担を離れて全員が一致して死にもの狂いでサムライアリと戦う。(ドキュメンタリーのこの戦闘場面は、まるで人間の戦場のように凄かった)

 何ごとでも死にもの狂いというのは大きな力を発揮する。
 ふだんはまじめに働く温厚なヤマアリだが、戦闘プロのサムライアリ軍団をタジタジとさせる反撃を見せる時もある。

 しかしそういう時には、それに対応する特別の戦略を用意しているところに、サムライアリが戦いのプロである面目がある。
 どんな戦略かというと、先にちょっと触れたように、特殊なフェロモンをばら撒いて、ヤマアリのニオイ感覚を混乱させるのだ。

 アリは匂いによってコミュニケーションを行なう動物なので、匂いセンサーを混乱させられると打撃は大きい。
 視覚と聴覚に多くを頼る人間が、フェイク動画をSNS上にばら撒いて選挙戦に混乱を引き起こすようなものかもしれない。
 結局、最後は必ずサムライアリが勝つという。人間のどっかの大統領選挙でも、最近、フェイクを駆使した方が勝ったように。
 生きものの世界は、どこも現実はシビアだ。

 とにかく、このサムライアリのやることはあくどい。まともな人間の視点からみれば、武力にものを言わせて他のコロニーを襲い、強引にその住民を奴隷にするなんて、どこから見ても許せない悪行である。
 
 しかし悪が必ず善の前に屈するのは、甘っちょろい勧善懲悪のフィクションだけだ。現実の世は要するに力の強いほうが世界を支配する。
 ・・・ということは今や小学生でも知っている。

 ともあれ、このサムライアリがやることは、何千年何万円にもわたって延々と行われてきており、それが彼らの本能になっている。
 そうして生き長らえてきたのだ。

 しかし人間は違う。アリのような下等動物と違って知性・理性を備えており、コントロールができる。
 ・・・そう思っている人間は多い。

 だが、その人間の知性・理性は、現実世界でどれだけの力があるのか。
 あるならなぜ人類は、史上から戦争を廃絶することができず、今なお殺し合いをくり返しているのか。

 半ボケ頭の老人の頭からは、その思いがどうしても消えない。
 悲しいデスけど・・・。

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