抜くべきか、抜かざるべきか、それが問題だ!(上)

 本記事のタイトルにある「抜くべきか、抜かざるべきか・・・」とわしが悩んでいるのは、鼻毛ではない。
 もちろん昨今ますます薄くなった頭髪、であるわけはない。
 ましてや、「老いたりとはいえ男なり。据え膳食わぬは男のナントカ。イザ鎌倉となればわが自慢の宝刀を抜き放ち・・・」なんて話であろうはずは、ま、ないワな。(抜いたんだけど役に立たなかった、なんてのはヤだもんね)。

 それは先日の記事(「頭ボケれば、眼もボケる、も一つ下の***もボケる」)でボヤいた通りだが、実はほかにも年をとると衰える部分はある。
 というか、アタマとお手々つないでガタのくる体の部位は、自慢じゃないがアマタある。中でも早めにスタートを切るのは、じつは歯なのだ。

 品が悪くて申し訳ないが「ハマラメ」という言葉があるのを知ってるか。まず歯がやられ、次に男の肝心のものがいうことをきかなくなり、最後に目がやられる・・・という意味だそうだ。わしの実体験じゃないぞ。世間にそういう俗言があるのだ。

 で、本題に入る。
 目は、老いても目玉が上下にピッチングしたりはしない。
 耳は、遠くなっても耳たぶがへろへろローリングしたりしない。
 しかし歯は、年をとってガタがくると、文字通りガタガタするのだ。

 手鏡で口のなかを覗いてみると、歯茎が退化して根っこが丸見えになった歯が、まるで下半身の衣服を剥ぎ取られた乙女のように、心細げに立っている。

 恐る恐る指先で触れてみると、いとも簡単に、かつ嬉しげに前後左右に揺れる。

 もうだいぶ前になるが、長年わしといっしょに仲良く暮らしていた前歯数本が、ある頃からまさにそういうピッチ・ロール状態になった。

 やむをえず歯科医の門を叩いた。すると、
 「なぜ、こんなになるまで放っておいたんです!」
 と睨みつけられた。消費者金融から無計画に金を借りて、返せなくなった横着者を見る目だ。そして、
 「抜いて義歯にしましょう」
 裏庭の雑草でも引き抜くように言い放った。

 「ちょ、ちょっと待って下さい。私は自分の歯を、なるだけ残しておきたいんですが・・・」
 あわてて言うと、働きざかりの四十代半ば、エネルギー満タン、儲けたい魂タン満パイ・・・といった風の歯科医は、無知蒙昧な人間を憐れむように見下ろして、
 「近ごろちょくちょくそういうことをおっしゃる人がいますがね。しかしこんなになった歯を、後生大事に抱えこんでいてどうするんです? お客さんの年齢では、いずれ隣の歯に影響を与え、そこもグラグラしてきますよ。ドミノ倒しっていうんですか、結局は全部抜くことになります。遅かれ早かれ総入れ歯になるんです。だったら早めに処置したほうがいい」
 複雑微妙な思いと、繊細脆弱な神経をあわせ持った高齢者への配慮というものが、まるでない。

 温厚で鳴るわしもさすがにムッとした。が、そこはソレ、ボケモン島島首としてのホコリがある。低レベルの喧嘩はしない。
 歯のプロが言うのだから恐らくそうなのかも・・・・と呑み込んだ。
 もっとも実をいうと、それ以前からシロートの女房からも言われていたのよ。
「そんなグラグラする汚い歯は、さっさと抜いて総入れ歯にしたら? 顔が別人のようになるわよ」
 いくら古女房とはいえ、ひどい言いようではないか。
 これじゃまるで、「わしの顔のアイデンティティは汚い歯にしかない」と言ってるのと同じだ!

(年とると集中力が長続きせん。続きは次回の「抜くべきか、抜かざるべきか、それが問題だ!(中)」にまわす)

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