老いぼれボッカ(下)

電車の網棚の上のリュック

 必要があってこの年(81歳)でボッカ(荷物運び人)を仰せつかり、一念発起して体をきたえ、「備えあれば患いなし」とハナ高々だった・・・いう話を前回に書いた。

 ところがその後、思いもしなかった事態が発生した。
 そこで申し訳ないけど、前回の記事を読んでおいてクダサイ。でないと(きょう書くことが)何のことか分かりまセ~ン。(前回の記事はこちらから)

 じっさい、そんなコトが発生するとは思いもしなかった。
 ある朝起きたら、降ってわいたように左腕が痛んだ。それもかなりひどく・・・。
 とくに二の腕部分。水平位置より上へあがらない。・・・だけではない。背側に左腕を回すこともできなければ、左手で髪ブラシを使うこともムリ。ベッドから起き上がるとき左腕で支えることができない。ズボンを穿くとき腰まで引き上げられない。風呂でタオルの両端をつかんで背中を洗うことができない・・・エトセトラエトセトラ。日常生活を送るうえで支障をきたす場面がかなり多い。

 しかし原因はすぐ分かった。

 「過ぎたるは及ばざるが如し」という格言がある。
 前回やや自慢げに書いた。事務椅子を頭のうえに持ち上げることを毎日くり返して、ひ弱だった腕を鍛えたという経過を・・・。

 ところが1年もすると、鍛錬用の事務椅子が少々物足りなく感じるようになったのである。そこで最初のうちは回数を増やしたりしたのだが、やはり満足できない。

 本物のバーベルだと、バーの両端に取りつける円盤状の重り(プレート)を増減して、重量を調節する。
 そこでとつぜん思い出した。30代のころに鉄アレイ(ダンベル)を買ったことがあったことを。処分した覚えがないから、今でもどこかにあるはずだ。
 
 わしは納戸の奥をごそごそ掻きまわして、何十年も顔を見ることのなかった鉄アレイを引っぱりだしてきた。そしてそれを椅子の下部にビニールひもで結わえ付けた。
 鉄アレイにしてみれば、お役御免かと思っていたらとつぜん叩き起こされて面食らったかもしれないが、おかげでわがバーベルは新たに数キロを加えた。正直なもので、それでわが腕の筋力もそのぶん増強した。少なくともわしはそう感じた。

 その辺りでやめておけばよかったのである。賢明な人間ならそうしただろう。
 だが愚かなわしは欲を出した。老いても刺激を与えてやれば、体はそれに正直に応えてくれる。そのことが妙に愉快だった。で、軽々しく調子にのった。

 わしは椅子にさらなる重しを加えた。のみならず、椅子バーベルを不自然な形で振り回したのである。そうすることによって、ふだんは使わない筋肉にシゲキを与えてやるのだと。

 バカもほどほどにしろ! と今なら言える。年を考えろ年を! と。
 しかしそのときわしは、けっこう本気でやったのだからつける薬はない。何年人間やってるのだ! とわしはわしに言いたい。

 ともあれこうした愚行の結果、冒頭に書いたように、ある朝起きたら左腕がストライキを起こしたのである。

 じつは最初はそれほど深刻に考えなかった。しばらく “鍛錬” をやめて腕を休ませてやれば、元にもどると思っていた。ところがなかなか戻らない。

 ネットで調べてみると、症状がどうも「線維筋痛症」というのに似ている。それだと、治るまでかなりの時間がかかるらしい。もちろん素人判断で確かなことは分からないのだが。

 わしは医者嫌いだ。で、医者に診せるほどのこともなかろうと思って放っておいた。

 ようやく痛みがとれてきたのは、10ヵ月ほども経ってからである。
 ある日ふと気づくと、腕の痛みがほんの少しやわらいでいる気がした。
 意識して観察していると、それからはまさに薄紙を剥ぐように、毎朝起きるたびに痛みが少しずつとれていくのが分かった。

 こうしてさらに3ヵ月ほどすると、腕は完全に元にもどった。
 わしは神だか何だか知らないけど、目に見えない大いなる存在に感謝した。よくぞ元に戻してくれたと。一時期は、もう死ぬまでこのままなのでは・・・と不安になったときもあったからだ。

 わしは女房にボッカの再開が可能だと申し出た。
 腕の痛みが完全に消えたので、なんとなく嬉しくて、腕もむずむずしているように感じたのである。
 まさに「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ってやつの見本。

 そしてボッカ再開第1日めであった。
 電車が混んでいた。わしは以前していたようにリュックを背中から下ろして、網棚へ上げた。
 いや上げようとした。ところが妙に腕に力が入らない。リュックが網棚まで上がらずにモタモタした。と、横からすっと手が出て上げてくれた人がいた。30代半ばくらいのスーツ姿の女性だった。

 わしは丁重に礼を言ったものの、腹の中は丁重でも平静でもなかった。
 なにやら不満なモノが波立っていた。
 以前は・・・つまり左腕が痛むまでは、これくらいの重さのリュックは問題なく網棚へ上げていたではないか。腕の痛みは完全に消えたのに、なぜだ? 

 もちろんすぐ気づいた。
 以前できたのは、当時は “椅子持ち上げトレーニング” を日課にしていたからだ。それを1年あまりもやらないでいたのだから、腕の筋力が落ちるのは当然すぎるほど当然の話だ。
 
 わしは今、”トレーニング” を再開しようかどうか迷っている。
 周辺に若いモンがいないわが老夫婦にとっては、生活するうえでわしの腕の筋力保持は、これからもやはり重要である。いや必要欠くべからざる条件と言っていい。

 ただ、それでまた腕や、他のどこかの筋肉にストライキを打たれても困る。

 しかし、今回は前例がある。「失敗を失敗のままにしてはいけない。経験にすべきだ」と誰かが言っていた。これでまた同じ失敗をくり返すようでは、「半ボケ」ではなくもはや「完ボケ」だ。
 経験に学んで慎重にやろうと思った。

 「あつものに懲りてなますを吹く」ということわざの見本になりマス。

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