映画好きが老いボケたら

老人の映画鑑賞

 わしら夫婦は映画好きである。むかしからよく観た。
 若いころは映画館へでかけ、今はテレビの前にでかける。

 もっとも4,5年くらい前から、テレビで映画を観るときにも直(じか)に観なくなった。レコーダーに録画して観る。
 
 まいにち目が回るほど忙しいので、観たい映画を見逃さないための手段である・・・なんてこと言ってるわけじゃない。自慢じゃないが、時間なら腐ってカビが生えるほどある。
 
 では、なぜ直(じか)に観ないで、わざわざ面倒な録画をして観るのか。
 民放だとCMに中断されるから、ということももちろんあるけれど、それが一番の理由ではない。CMなしのNHKテレビで放送される映画も、すべて録画して観るのだから。
 
 一番の理由は、実はあんまり言いたくないんだけど、ときどき筋を追えなくなるの。とくに外国の映画だとこの現象がハナハダしい。まず登場人物の名前が覚えられない。端役じゃないよ、「あれ、キャサリンって誰だったっけ」と思っていたら、それが主役だったりする。主役の名前と顔が一致しないで、どだいストーリーが追えるわけがないわナ。
 わしらを置きざりにして話だけどんどん進んでいくんじゃ、楽しめない。

 そこで「HDDレコーダー」という文明の利器に登場していただくわけだ。
 これだと必要に応じて、いつでも画面を止めることができる。後戻りだってできる。なんと老人にやさしい機械だろう。映画館じゃぜったいにできない鑑賞法だ。「わるい、ちょっとここで映写とめて!」なんて言おうものなら、ぶっ飛ばされるわナ。
 
 レコーダーを止めて何をするのか。

 重要人物らしいのが最初に画面に出てきたときに、そこで機械を止めて、その人物の名前を特徴とともに紙にメモするの。「ブレンダ=主人公が内心憎からず思っている同僚」とか、「アーノルド=同期入社の同僚。イケメンで女にモテるが中身は軽そう」とかね。
 のちに、顔を思い出せないない名前がセリフに出てきたときに、そのメモを見て参考にするわけデス。
 
 メモを取り損ねると、夫婦間でモメることがある。
「アマンダって誰だったっけ?」
「好奇心オーセーな隣の中年主婦じゃないの? ちょっと色っぽい・・・」
「あら、隣の主婦はヘレンって言わなかった?」
「言わない。ほら、主人公が仕事でヘマをしたとき、メガネの奥から意地の悪そうな目でにらみつけた女上司がいただろ。その女がたしかヘレンだ」
「ちがうと思う。あの女上司はたしか・・・」と女房はメモに目をやって、「ほら、ここにちゃんと『ドロシー=メガネの女上司』って書いてあるわ。・・・あなたの物忘れ、ここんとこまた少し進んでない?」
 わしはムッとして黙る。女房はどことなくウレシげに、
「とにかく、もう少し詳しくメモしなきゃダメね」
 なんて言って、どうでもいいことで空気を悪くする。
 ・・・というようなことをできるだけ避けるために、レコーダーを使うわけデス。

 人物名の記憶援助以外にも、レコーダーの途中停止は必要になる。
 こっちはもっと本質的な問題だ。
 
 話されている内容が分からなくなることがある。
 言葉自体は分かるのだが、話の展開がいまひとつ理解できない。そのまま先へ進むと、地図に載っていない迷路へ入っていくのと同じで、迷子になるのは必定。
 
 そこでレコーダーを止める。
 どっちかが分かっていれば分からない方に説明をする。二人とも分からなければ議論する。自分の考えを言いあう。それでもラチがあかないと、レコーダーを逆戻りさせて、前のシーンを見直す。
 
 若い人からみれば、なにをゴチャゴチャめんど臭いことやってんだ、そんなんで映画、楽しめるの? と思うかもしれないが、これはこれでけっこう楽しいんだ。もともとふたりとも映画好きだからね。
 
「失ったものを嘆いても仕方がない、あるものを工夫し生かして使う」
 といった言葉をよく聞く。だいたいは障がい者がからむ場面で使われるが、考えてみれば、老人になるということは障がい者になるということにほかならないんだよね。
 
 逆にいえば、人間はみんな障がい者か、障がい者予備軍だ。
 それが生きものの宿命だ。若死にするやつ以外はね。

 そう考えるとなんとなく気がラクになるよ。

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当ブログは週2回の更新(月曜と金曜)を原則にしております。いつなんどきすってんコロリンと転んで、あの世へ引っ越しすることになるかもわかりませんけど、ま、それまではね。

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