熱い冷水を浴びせられた(下)
まいにち汗水垂らして働いている者にとっては、一日の終りに温かい風呂にゆっくり入るのは喜びだ。ひるまの疲れを癒し、翌日また元気に働くために、体と心をリフレッシュしてくれる。
でもわしらのようにいちンち家にいて、ぼんやりテレビを眺めているか、紙の上の文字をタラタラ追っているか、ときおりベランダの手すりに飛んでくる雀らに目をやって喜んでいる者にとっては、毎日風呂に浸かることの有難みは薄い。
そこでつい、シャワーだけで済ますようになる。
それも最初のうちは夏の間だけだった。だがそのやり方に慣れると、寒くなってもそのままシャワーだけを続けることになる。なにしろラクだからねぇ。
で、それが当たり前になり、厳寒になってもバスタブに湯を満たして浸かることがなくなった。元々面倒くさがり屋だというか、ぐうたらべえだからねぇ。
そんな厳寒のある日、前回に述べたように、浴びていたシャワーの湯がとつぜん冷水になって、わしは風呂場の洗い場で跳び上がった。
給湯器の故障だと思ってガス屋を呼んだら、故障ではない、安全装置が働いてガスが止まっただけだと言われた。そして装置を解除する方法を教えて帰っていった。・・・そこまで前回に書いた。
ところがである。それで終らなかったのだ。
今回はそのロクでもない寒い話の、震え上がる続きを書きマス。(前回はこちらから)
作動した給湯器の安全装置は解除されて、ガスは通常に戻ったのだから、当然風呂場にもお湯は来ると思った。ガス屋はそう言って帰っていったのだ。念のため事前に台所のガスレンジでガスは間違いなく通っている(→ 火が点く)ことを確認した。前回でコリたからねぇ。
わしは安心してふたたび裸になって、風呂場に入り、シャワーのコックを開いた。熱湯を存分に浴びて、さっき冷水で骨まで凍らされた体をたっぷり温めたかった。
ぶじ熱湯が出てきた。
当たり前だがホッとした。ヤレヤレ・・・と。
・・・と思ったのはほんの数十秒だった。信じられないことに、湯がまた水になったのである。
えッ、なんでッ!?
なぜだッ!
身体はふたたび凍え上がり、頭はパニックなった。
いったいぜんたい何が起きたというのだ!
またしても安全装置が働いたというのか!?
何もしてない!
何もしてないのに、なぜ安全装置が働くのだ?
何もせず、理由もなく、こうたびたび安全装置に働かれたのでは、安全にシャワーも浴びれないではないか!
もう、訳が分からなかった。
“一寸先は闇”のこの世とはいえ、世の中のことが何も信じられなかった。
だが虚空に文句を言ってもしょうがない。わしは震えながら、何度か給湯コックを閉じたり開いたりしてみたけれど、状況は変わらなかった。
・・・どうすることもできない。とにかく前回と同じことをアホらしいくり返しをやった。歯をガタガタいわせながら衣服を着て、温度調節を最大にしたコタツにもぐりこんだのだった。
ようやく気持ちが少し落ち着いてから、ふたたびLPガス屋に電話をした。恨みがましい声になったのは仕方なかった。
ガス屋のおやじさんはのんびりした声で言った。
「そりゃあおそらく、給湯器のほうに不具合がありますね」
2時間ほど前に来たときは、玄関先のメーターの安全装置が作動しているのを確かめただけだ。給湯器のほうは見なかった。安全装置を解除したらすぐガスが来て、火が点いたのを確認できたからである。おそらくこういう安全装置の誤作動が原因で、かかってくる電話が多いのだろう。
ともあれガス屋はすぐまた来てくれた。
こんどは真っ直ぐにベランダに設置されている給湯器のところへ行って、ひと目見て言った。
「ああ、こりゃ駄目だ。こんなことしたら危険だよ。これが原因だ」
わが家の給湯器は大型の据え置き型で、このマンションが出来た時に設置されたものである。新築直後に入居した親がそう言っていた記憶がある。つまりわしら同様にソートー古い。金属製だからシワはないが、老いのシミやアザのような汚れはわしらに負けない。
その汚れが、自分たちを見るようで気になったのだろう、故障する直前に、カミさんが汚れを隠すために給湯器の上からビニールシーツを被せたのだ。元テーブルクロスに使っていた花柄模様のもので、確かに見た目はきれいなったが、そのためガス燃焼時に酸素が十分に取れなくなった。
安全装置が働いたのはそのせいだったのである。
「何もしてないのに勝手に働きやがって、過剰作動もいいとこ、有難迷惑この上ない!」
などと文句タラタラに言ったが、実は、れっきとした原因を自分たちが作っていたのである。
情けない。
機械のほうがよほど正確で、素直で、聡明だ。
人間よ(・・・ってわしらのことだが)、少しは恥じを知れッ!
・・・ときつく叱ってやりたい気分である。ホントに・・・。
当ブログは週1回の更新(金曜)を原則にしております。いつなんどきすってんコロリンと転んで、あの世へ引っ越しすることになるかもわかりませんけど、ま、それまではね。