カラス撃退の妙手?
恨みがあるわけじゃない。しかしどうしても好きになれない。
最近は “ルッキズム” という言葉をよく耳にする。
外見の美醜だけで、評価や対応の仕方を変えることで、はっきり言って容姿による差別である。
はばかりながらわしだって、そういうことをする人間にはなりたくない。
しかしこの鳥だけはどうしても好きになれない。
まず真っ黒である。羽の端々から嘴の先まで黒一色。印象が陰気だ。
声が汚い。鳥の声はたいてい耳に快いが、この鳥の鳴き声は耳ざわりだ。
鳥にしてはデカい。可愛げがない。
鳥にしては賢い。カシコイのは悪いことではないが、往々にして悪賢い。
人を恐れない。傍若無人でさえある。ゴミ場を荒らしたり、ときには背後から人の頭を襲うのはその一例。
もうお分かりだろう、もちろんカラスである。
こんなに人に好かれない鳥でありながら、カラスほど人間の近くに棲んでいて、よく見かける鳥はいない。
実はわが家の近くにも沢山いて、カミさんにひどく嫌われている。
特に近ごろ、家の近く(20メートルくらい離れている)の大きな木に巣をつくったらしい。姿は葉陰にかくれて見えないが、ヒナが育っているようだ。鳴き方がふだんと明らかに違う。子育て中の親カラスに特有の、甲高い強い声をさかんに出している。
夏だから、わしたちは窓を開けて寝ている。
夜が明けたらカラスは遠慮会釈もなく鳴きだすので、網戸を通すだけのその声は眠りを妨げずにおかない。
毎朝これをやられると、反感を通り越して敵意を起こさせる。
が、残念ながらわしらには彼らに対抗する手段がない。
人間同士が戦うときは、ミサイルやロケット弾、最近ではドローンという手軽安価で有効な兵器まで使い、コトによると核兵器までちらつかせるのに、カラスに対しては何もできない。わしらのような一般人間はまるっきり丸腰。
で、ただイライラして舌打ちするだけ。せいぜい悪態をつくくらい。そんなことしたって、カラスには痛くも痒くもない。
実際、ベランダから5,6メートルほどの所にある電線に停まって、こっちを見ていることがある。で、精いっぱい怖い顔して睨みつけたり、(隣人に聞こえないよう注意しながら)口汚い脅し文句を口にしたりするが、カラスは平気な顔をしている。まさに、カラスのツラにしょんべん。
で、よけいイラついて、指を尖らして突きつけたり、手を銃の形にしてバンバンと口鉄砲を打ったりするが、やはり動じない。自分らのところには何の危害も及ばないことを、彼らはをよく知っているのだ。
なんのことはない。人間サマがカラスにあしらわれている。
ハラが立つし、くやしいが、どうすることもできない。
そんな日が続いたある日、カミさんがあることを思いついた。
そのときはわしは一緒にいなかったが、彼女がベランダにいるときに、カラスの鳴き声を真似てみることを考えついたのだ。
カラスは、場合に応じてさまざまな鳴き方をするが、その中でも相手を威嚇するときに出すらしい声を真似て出してみた。
すると思いがけないことに、それまで喧しく鳴いていた鳴き声がぴたりと止んだという。
偶然頭に浮かんだことをやってみただけだったので、カミさんの方がかえって驚いたらしい。最初は単なる偶然だと思った。
が、しばらくしてまた鳴きだしたときにもう一度やってみたら、再び鳴きやんだ。その後も何度かくり返したが、しばらくはほぼ同様な反応があったという。
カミさんは自分でも信じられない気持ちだったが、実際に鳴いていたカラスを鳴きやんだのだ。
人間の口真似もバカにできない、と思いがけない発見をした思いだった。
そういえばカミさんは若いときから、機嫌がいいときなどに、カラスの鳴き声を真似て見せることがあった。
子供のときからカラスの鳴き声が得意だったと言って、のどの奥の粘膜を細かく震わせ、濁ったガラガラ声を出したりして、上手でしょ、と自慢そうな顔をして見せることがあった。
表だっては否定はしなかったが、腹の中では、子供じみたことをやってるな・・・とわしは嗤っていた。
しかしそのバカにしていたことが、現実に役に立ったのである。
打つ手が何もなくてお手上げ・・・と思う状況のなかでも、諦めずに求めていれば何かしら打開の方法は見つかる、という教訓にもなるか。
小さなことだが、こういうことがあると、わしは人生を面白いと感じる。
・・・とここで終れば、この話もそれなりにサマになるのだが、実は後がある。
このあと何日間か、この “もの真似返し” をやっていたら、しだいに効き目がなくなったのである。
少しずつ声の出し方を変化させてみたりもしたが、同じだった。
敵さんは、これも口鉄砲と同じ空鉄砲と分かったらしい。
やっぱりカラスのほうが一枚上手でだなあ、となんとなく腹立たしいような気分である。
当ブログは週1回の更新(金曜)を原則にしております。いつなんどきすってんコロリンと転んで、あの世へ引っ越しすることになるかもわかりませんけど、ま、それまではね。