「親ガチャ」は植物も同じ?

あじさい

 前回、父親の小さな心遣いが、子供の人生を大きく変えた話を書いたら、なんとなく連想することが頭の隅に浮かんだ。
 
 何度も書いているけど、わが家は老夫婦ふたりが住むに相応ふさわしい小さなマンションで、南側にベランダが付いている。

 このベランダが、居住面積に比してかなり広い。
 おかげで毎朝の体操も気持ち良くできるのだが、何より嬉しいのは、植木鉢やプランターを多く置くことができて、日常生活に爽やかな緑を提供してくれることだ。

 その緑の世話をすることが、実は今のカミさんにとって大切な日課なっている。癒しになるのだ。
 毎日一回といわず、気が向けば何回もベランダに下りて、気になる鉢を見つけるとその傍に座りこみ、細かく手をかける。
 ・・・だけではない。生きているものに話しかけるように(生物だから生きているのだけど・・・)、話しかける。

 たとえば枯れた葉っぱがあると、その葉を手のひらや指先で優しくなでてやりながら、「あんたには寿命が来たのね。でもこれまでよく頑張ったわ。ごくろうさん」などと話しかける。場合によっては「こんな姿を晒したままでいるのはイヤでしょ」と言って取り除いてやる。

 その毎日世話をする植物の中に、ことしは特別な花が一輪あった。
 いまは完全に時季が過ぎたが、梅雨のころに咲いた紫陽花である。

 この紫陽花は、実はわしらの手で苗を植えたものではなかった。どこかから種が飛んできたのか、ベランダの鉢のひとつから芽を出し、か細い茎を伸ばして、やがて一輪だけ花を咲かせたのである。

 育った鉢が小さかったからなのか、一年目の開花だったせいなのか、近所の家の垣根などに咲き乱れている紫陽花に比べれば、花弁が半分にも満たない小さな花だった。しかし姿形としては立派に一人前をしていた。
 
 その紫陽花を、カミさんはとりわけ気にかけた。
 か弱げな茎の先に咲いた幼児のような小さな花なのに、懸命に生きているのがいじらしく思えるらしかった。

 ベランダに出るたびに必ずその紫陽花の傍にしゃがみこんで、「今日も元気にガンバってるね。エライねぇ」とか話しかける。両手のひらで花をそっと包んでやるような仕草をする。
 
 紫陽花はわりあい開花期間が長い花だ。2,3週間は咲いている。しかし花の成長過程(人間でいえば加齢相?)が明瞭で、若い花は見るからに瑞々しく色も鮮やかで溌剌としているけれど、日が経つと変化がはっきりと目に見える。まさしく花の若年、中年、老年が手に取るように見てとれる。

 とりわけ盛りを過ぎた紫陽花の花は、そこまであからさまに老醜を晒してて見せなくても・・・と思うほど、色が落ち形が崩れて、その見苦しさは眉をひそめたくなるくらいだ。その時期の紫陽花を見るといつも、老いを見せないで潔く散る椿の花を思い起こす。
 
 で、くだんのわが家の小さな紫陽花の話になるが、なかなか衰えないのだ。
 同じ頃に咲いた近所の紫陽花たちが老醜を晒し始めた時期になっても、このわが家の小さな紫陽花は衰えを見せないのである。
 
 最初のうちは、なかなかガンバっているね、と夫婦で話し合うていどだったが、 “ガンバっている” では説明できない時期になっても、衰えを見せない。

 間違いなく同じ頃に咲き始めた近所の紫陽花が、人間でいえば80、90歳状態になって、萎れ崩れてきているのに、ほとんど変化がない。
 結局、他の紫陽花が完全に枯れて姿を消してからも、半月ほども咲き続けた。最後は「もうそんなに頑張らなくてもいいよ」と声をかけてやらずにおれなかったほど。
 
 わしは周辺が農家ばかりの田舎に育ったが、子供の頃からこんな話をよく耳にした。
 畑に足をはこぶ回数が多ければ多いほど、その畑の作物の成長が良い。ねんごろに話かけてやると良い実がみのる。・・・といったたぐいの話。

 わが家は農家でなかったので、実体験がなかったこともあって、若いころは「そんなコトがあるわけない」とハナからバカにしていた。オトギ話じゃあるまいし・・・と。
 だが80数年この世に生きてきた今では、この世界のことは科学の理屈に合うことばかりじゃないと、身に沁みている。いやむしろ科学が説明できないことのほうが多い。

 カミさんが濃密に関わっているわが家のベランダの草花も、むかし聞いた農家の人の話と同じことのように思える。
 葉も茎も花もつねにイキイキとしている。確かに人間が心から話しかけてやると、植物は元気になる。・・・と思える。

 前回に取り上げた “不器量な娘に対する父親” の話にも相通じる。(前回はこちら

 ここまで来ると、わしの口ぐせの「馬鹿の一つ覚え」が出てこざるをえない。
 
 ”宇宙の真理はすべて一つである”

 ・・・ってやつね。笑ってやって。
 

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