物忘れ繁盛記(1)

物忘れ

 老人が老人であるために必要なもの、というか、これなくして老人を名乗るのはおこがましい、あるいは許されない、と非難されそうもの・・・といえば、まあ数々あるけれど、まず筆頭に挙げられるのは「物忘れ」であろう。

 その物忘れも、さまざまな種類・タイプがあって、それらがまた時と場合により順列組合せ的にさまざまな現われ方をする。今ちょっと数えあげようとしたら、そのあまりの多さに頭がくらくらしたくらいだ。

 ともあれ老人サイトを標榜する当ウェブとしては、避けて通れないテーマである。そこでこれから時にふれ折に触れて、これ(物忘れ…だよ、忘れないでね)に関する話を取り上げることにする。きょうはその1回目。

 わしら夫婦だけでなく、周辺でもよく耳にするのは、「今しようと思ったことを忘れる」ってやつだ。
 たとえばテレビを見てて「あ、そうそう、アレやっとかなきゃ」と椅子から立ち上がったとたん、「あれ、何をするんだったっけ・・・」と、何のために椅子を立ったんだか忘れてしまう。いくら考えても思い出せない。

 おそらく椅子から立ち上がるときに、意識が一瞬べつの方向へ流れたのが原因、とわしはにらんでいる。

 若い人であれば、椅子から立とうと思った瞬間に、意識せずとも必要な筋肉が反射的に働く。
 ところが年を取ると、そうはスムーズにコトは運ばなくなる。何をやっても時間がかかる。

 体の運動を受けもつ脳の担当部署は、「ご主人さまが立ちたいそうだ」と連絡を受けると、まず「椅子から立ち上がるにはどこの筋肉を使うんだったっけ」と考える。「あ、そうそう、大腿四頭筋と、ハムストリングと、大殿筋と、大腰筋だったな・・・」などと思いだして、それらの筋肉に指令を伝えるよう、伝令役の神経線維に指示を出す。
 当然ながら神経線維も古くなっている。伝達効率が悪い。届くのに時間がかかる。
 ようやく指令が届いても、それまで椅子に座って安眠をむさぼっていた筋肉連中は、「えー、立つの? いきなり何だよ・・・」とぶつくさ言って、すぐには動かない。

 それでもご主人さまの気持ちが変らないとなると、宮仕えの悲しさ、「あ~あ、仕方がないか・・・」とナマケゴコロを叱咤して、ようやく腰をあげる。
 といっても、お察しのとおり、この筋肉連中自身もご老体なのだ。働くには気合がいる。そこで「よっこいしょ」とか、「どっこらしょ」といった掛け声に協力を求めて、よたよた仕事をする・・・というわけだ。

 これら一連の仕事をするのにも、老人の脳は全力を注ぐ必要がある。脳に配分されたエネルギー量そのものが少なくなっているので、これだけのことをするのに在庫エネルギーのほぼ全量が使われる、とわしは推量する。

 メインメモリと呼ばれるパソコンの記憶装置は、一瞬でも電流がとぎれるとデータが消える。
 人間の脳の記憶装置も、同じ現象が起きるのではないか。
 つまり、椅子から立ち上がるときにほぼ全量の脳エネルギーが使われ、そのために一瞬、データ保持に必要なエネルギー(電流)が不足する。そのとき、直前の軽い記憶などは飛んでしまうのだろう。

 信じるか信じないかは、あなた次第。
 言っとくけど、これを書いたのは、脳エネルギーが慢性的に不十分な老人だってことを忘れなさんなよ。

ポチッとしてもらえると、張り合いが出て、老骨にムチ打てるよ

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