口が先か、耳が先か、老いかけっこレース熾烈

老人性難聴

 言い違いか、聞き違いか、それが問題である。
 他人(特に若い人)にとってはまさに、目くそ鼻くそを笑うのたぐいで、かってにやってればって話だけど、わしらのような老夫婦にとっては、けっこう厄介な問題なんだな、この言いちがい&聞きちがいが・・・。

 たとえばわしが、
「わるいけど、ちょっとメガネ取ってくれない?」
 と女房に言ったとする。たまたま女房の手の届くところに小抽斗があって、そこにわしのリーディング・グラス(なんてカッコつけるこたぁない、要するに老眼鏡だな)が入っているからだ。

 ところが女房の取って寄こすのが、メガネではなく、ハサミだったり、ツメ切りだったりする。・・・というコトがちょくちょくある。

「あのね、メガネ。・・・ツメ切りじゃないの」
「あら、いま、ツメ切り、って言ったわよ」
なこと言うわけないよ」
「ウソ。ちゃんと言ったわよ。ツメ切りを取ってって言われたから、ツメ切りを取ってあげたんじゃないの」
 気の短いわしは、このへんで早くも頭に血がのぼりはじめる。
「そんなこと言うわきゃないよ! わしはいま見てのとおり、クスリ瓶の成分表を読んでる。なんでツメ切りを取って、なんて言うか。ビールが呑みたくて、あんころ餅ってウェイトレスに言うか?」
「最近のあなたなら言いかねないわね」
「ナニッ?! それじゃまるきりボケてるってことじゃないか!」
「あら、自分で半ボケだって言ってるじゃないの、ブログで・・・」
「・・・」
 思わずカッとなるが、グッと詰まる部分もあるので、相手をギャフンといわせる気のすくような反論ができない。

 だいたい日常生活で、会話をイチイチ録音しておくなんて不可能だ。ウムを言わせぬ絶対的証拠を突きつけるわけにはいかないこのクヤシサ。

 たしかに最近当方に、ボケ症候群と言われても致し方のない言動がちらほらしているのは、否定しない。それまで否認すると、単なるやみくもな強がりになって、逆に説得力を失う。
 戦法を変えるざるをえない。

「それを言うなら、そっちだって同じだぞ。 聞き違い、ってことだってありうる」
「えッ、聞き違い?」
 一瞬、女房の気勢がそがれたのがわかる。彼女はそのあたり正直なのだ。腹の中をやりくりしてうわべを取りつくろう、なんて高級なスキルは持ちあわせておらん。

「このごろ耳が遠くなったって、自分でも言ってるだろ。話をするときは、向こうをむいて言わないで、ちゃんとこっちを向いて話してほしい、でないと内容がよく聞きとれないからって・・・」
 ややうろたえぎみの気配を見せたものの、女房はすぐ立て直して言い返す。
「それはあなたの声が、最近ブワブワしてきたからよ。入れ歯のぐあいが悪いのか、口の中の舌が老化したからなのか知りませんけど、ウシガエルがオナラしたみたいな声になってるわよ、最近のあなたの声・・・」
「ウシガエル?」
「たとえ話よ」
 女房は悠然とセセラ笑う。わしも負けてはいられない。
「そうは言うがね。耳のいい若い連中は、誰かさんと違って、自分の方へ向いて話してくれなんてわしに言わんぞ」
「・・・」
「つまり問題はそっちにもある。老人性難聴のきざしが出てきた。それで聞き違えたって可能性が絶対にないとは言えない」
「・・・そうかしら」
 不承不承ながらも、女房も認めざるをえない。
 つまり自分も結局はおなじ穴のムジナだってことに、ここに至ってようやく気がつくわけだ。わしはひそかに溜飲を下げ、余裕を回復する。
「だからだよ、わしがメガネと言うつもりでツメ切りと言ったと、一方的に決めつけるのはいかがなものでしょうか、と言ってる」
「・・・」
「要するに、こっちの言い違いかそっちの聞き違いかという確率は、客観的にはフィフティ・フィフティではないでしょうか」

 ・・・なんて、実にどうでもいいことで、一触即発の危機状態に近づくことが最近ちょくちょくあるのだ。

 この問題にかぎらず、われわれの年代になると、あっちやこっちでこの手のニアミス的なトラブルが頻発する。それらを総称して「シニアミス」と一般に言う。

 ・・・というのはウソだけど(わしの造語)、要するに年をとると、余計なところで余計なエネルギーを使わねばならない場面がちょくちょく出てくるってこと。
 そうでなくてもエネルギーの総量は日々減衰しているというのに・・・という、実はさびしい話でした。

 このまま終わるんじゃさびしすぎる。景気づけに、つい最近耳にしたばかりの、「シニアミス」に近いヴィヴィッドな実例を紹介しよう。
 先日(11月12日)某テレビで早朝のトーク番組に出演した俳優/タレントの渡辺徹と榊原郁恵夫妻が、こんな打ち明け話をしていた。
 渡辺が風呂に入ってシャワー浴びようとしたら、湯が出ないで水が出てきた。ボイラーの種火を付けてくるのを忘れたことを思い出し、風呂の戸をあけて、洗面所にいた妻の榊原に「ボイラーに火をつけてよ!」とどなった。
 すると榊原は顔を赤くし、返事もしないでプイと背を向けて出て行ってしまった。
 なぜなら彼女には渡辺の声が、「オイラに火をつけてよ!」と聞こえたからだった。

ポチッとしてもらえると、張り合いが出て、老骨にムチ打てるよ

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口が先か、耳が先か、老いかけっこレース熾烈” に対して 2 件のコメントがあります

  1. けい より:

    我が家と同じ。。。ただ違うのは私が圧倒的勝利でおわります。
    私、地獄耳凄く耳が良い、夫補聴器をつけていても、よく聞こえない。
    それに記憶力は女性の方がいいですねー そんな訳で負けるのはいつも夫、
    でも後の気持ちは私悪いです。ちょっぴり後悔していますが、黙っています
    老夫婦の口喧嘩の勝ち、負けは半々がいいですね。と言いながらやはり私が
    勝ってしまいます。
    徹、郁恵夫妻の小話、笑い転げました。ウソ、ホントは抜きにして。
    今回も座布団は最高に重ねます。ありがとうございました。
    追伸 ブログのアドレス入れましたら戻りました

    1. hanboke-jiji より:

      けいさま
      おっしゃる通り、年をとってからの夫婦の喧嘩は、
      勝ち負け半々で終わったほうがいいですよね。
      二人ともいい年なんだから、それくらいのことは
      できていいはずなんだけど、実際の場面になると、
      これがなかなかできないんです。
      情けないですね。

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