うす汚れた初雪(3)

人生の汚点

 (前回からのつづき)

 半年前、凍るような教室に居残されて俳句を作らされたが、わしは早く家に帰りたい一心から、1時間足らずで10句ばかりをものした。
 いや俳句などとは言えない。季語も切れ字もなく、とにかく目に入るものを手当たりしだいに力ずくで五七五の文字にしたのだった。(前回まではこちら →

 ここまで書いて、そのときヤケクソで作った句を、ほかにも芋づる的にいくつか思い出した。たとえば、
 
  黒板に消えのこった文字寒そうだ  とか
  
  火の消えたストーブひとりでかわいそう  とか
  
  貼られた絵 画びょうが取れてうなだれる  
  
  などといった「句」もものしたのだった。

 それらと同じデンで、そのとき教室の窓外に見えた風景を、ただそのまま五七五にしたのが、くだんの受賞俳句だった。
  
 教室の窓から、奉安殿(終戦まで天皇・皇后の写真や教育勅語などを保管していた建物)を囲むヒノキ林が見えていた。
 戦後は手入れもされずに放置されたままだったので、ヒノキたちはふだんからどこかやつれた姿ではあったが、このときは頭から雪を被って重そうに立っていた。
 
 時は二月の末だったから、もちろんその雪は初雪ではない。水分を吸い、塵埃やストーブの煤煙で汚れていた。
 
 第一、その時のどんよりとした曇り空からは、雪も降っていなかった。
 そんな、ぼんやりベンチに座っている老人みたいな、どこから見てもパッとしない平凡そのものの光景を、それがたまたま教室の窓の外に見えていたというだけで、わしはそれを五七五にしたのである。
 
 上の句を「初雪を」にしたのは、「汚れた雪を」では字余りだし、「雪を」では字数が足りず、ゴロが悪かった。
 中七の「からだにあびて」は、わしが提出しときは「体にかぶって」だったのを、担当の教師が提出時に手を入れたのだろう。

 ・・・というわけで、前回で述べたような「子供らしい心の動き」も、「移りゆく日本の微妙な季節感」も、あるいは校長の言う「県の頂点に立った最優秀賞作品」という評価も、「本校の名誉」 も、すべて大人たちが勝手に取り違えて見たひとりよがりの幻影だったのである。
 そしてそれを知っているのは、この世でその句を作った作者ひとりだけだった。そういう状況の中にとつぜんわしは放りこまれたのだった。

 それからの数ヶ月間は、奇妙に重苦しい日々だった。
 
 五年から担任になった先生をはじめ、他の教師たちのわしを見る目や対応があきらかに変わった。新聞の地方版に載ったこともあって、登下校の際、近所のおばさんたちに声を掛けられることも少なくなかった。級友たちの反応も、嫉妬や妬みがらみもあって面倒くさかった。

 わしの胸中は複雑だった。
 砂が混じった砂糖湯をむりやり飲まされたというか、画鋲を入れた甘い饅頭を口のなかに押し込まれたというか、はっきりいって苦しさのほうがはるかに大きかった。
 
 思いがけない「空(カラ)名誉」を与えられたのはわしだけではない。
 この俳句コンクールの担当教師にしても、コンクールの作品募集が始まったのは十二月はじめなのに、忘れていて二月末の締切りぎりぎりになってからあわてて作らせるという、怠慢・無責任もいいとこだった。
 
 その教師が、「教育に熱心」で「指導力に優れた」先生として賞讃されたのある。
 しかも彼はそれを当たり前のように、涼しい顔をして受け入れていた。
 そんな教師の存在も、ある意味で少年の口のなかでジャリジャリした。

 いたずらや悪ふざけはしても、昔からリチギかつクソ真面目なところがあったわしは、そうした情況が与える息苦しさに耐えかねて、一度、親にすべてを話してしまおうとしたことがある。
 
 しかし学校関係者だけでなく、親もけっこう喜んでいたし、結局、それら全てを底からひっくり返す勇気は出なかった。

 そのまま口外せずにずるずると75年が過ぎて、その間なにかの拍子にふと思い出して口の中に苦いものを感じながら、人生の終着駅近くにきてしまったというわけである。
 
 長年しまいこんでいた秘密を告白すると、肩の荷をおろしたように晴れ晴れとした気持ちになるという。
 実をいうとわしも今回の記事で、それをどこかで期待していた。

 だが今のわしはあまりそんな気分ではない。
 秘密そのものがそもそもプチプチで、悩みや屈託が小さかったせいもあるけれど、その後の人生で似たような状況をいくつも見てきて、人間としての感性がいつのまにかうす汚れてしまったのであろう。

 ちょっと悲しいような気もするが、結局、わしという人間はそのていどのプチ者だということだろう。
 語るに落ちた。

 

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