残り香にゆすぶられて -高齢者の性- (4)

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 むかしからNHKをよく観ているわしは、えッ、と驚いた。

 前々回(-高齢者の性-2)で扱ったNHKの番組「クローズアップ現代+」のなかで、司会のアナウンサーが、ゲストの評論家・田原総一朗氏にこんな質問をしたからである。

「率直にお伺いしますが、83歳になられた田原さんは、性欲はありますか?」(筆者注・田原氏の年齢は放送当時)

 たしかにNHKにしては率直すぎる問いかけだ。だがわしは驚きながらも期待した。田原氏はストレートな物言いで知られた人だ。この質問にどう答えるだろうかと注目したのである。

 彼はさすがにちょっと困惑の色を顔に浮かべた。だがそこは田原総一朗氏である。困惑を抑えこむ理性のすきまから、わずかに面映さをこぼれさせながらも、こんな風に明確に答えた。

「分かります。人によって違うだろうけど、80歳になっても90歳になっても、性欲の強い人はいると思います。よくわかります」
 そしてしばらくおいて、「何歳になっても恋は活力源ですからねぇ」と言って笑った。
 最後のは照れかくしの付け足しだろうけれど、これは男性高齢者にほぼ共通する内心の声だと思う。ふつうは口には出さないけど・・・。

 番組では事前に、「高齢者の性」についてひろく一般から意見を募っていた。
 それで分かったのは、若い人たち(高齢にはまだ達していない人たち)の考えは、高齢者の思いとはかなり違うものだということだった。
「老人のセックスなんて気持ち悪い」
「いい年をしてはしたない。老人は老人らしく、もっとつつましくあるべきだ」
 といった言葉に代表される高齢者の性に否定的な意見である。

 自分の父親や母親、あるいは身近なおじいちゃんやおばあちゃんの問題として考えると、若い人たちがこういう反応をするのは理解できる。身内の人間にそういう生臭い話がからむのは、だれだって楽しくないからだ。・・・というか生理的拒否感が背中に這いのぼる。

 しかし、そのように感情(表面)的な一面だけで見て、きちんと「人間」を直視しようとしないところに問題があるようにわしは思う。
 8月13日の記事に書いたように、幼い娘に「わたし、どこから生まれてきたの?」と訊かれた母親が、うろたえてコウノトリの話をするのと大して違いはない。話しづらいからといってまっすぐに向き合わないでいると、いずれ自分が高齢者になったときしっぺ返しがくる。悪くすると問題をひき起こす。
(8月13日の記事「終戦記念日に老人の性を思う」の参照はこちらから)

 
 「高齢者の性」のもう一つの現実には、次のような側面もある。
 最近政府は、高齢者の介護を「自宅介護」に軸足を移すことを考えていると言われるが、そのナマの現場でおこなわれた調査である。
 訪問介護の仕事に従事している女性介護士のほぼ半分近く(調査対象435名中199名)が、利用者の高齢男性からセクハラ被害(性的な働きかけ)を受けている。

 また、ある特別養護老人ホームでおこなわれた別の調査(大学と共同調査)では、次のような結果が報告されている。
 女性介護職員264名のうち126名がセクハラ被害を受けていた。ここでもほぼ半数である。内訳は、胸や尻に触られる(=94件)、卑猥なことばをかけられる(=89件)、性交渉に誘われる(=23件)、陰部を露出する(=15件)など。(1人の職員が複数の被害を受けた場合は、すべてを件数としてカウントしている)

 特別養護老人ホームは、介護必要度が比較的高い重度のひとたちが入る施設である。そういう所でさえこの数字なのだ。
 もっとも重度の人たちだからこそ・・・という面もあるのかもしれない。つまり理性によるコントロールが衰弱して、人間の本性がよりはっきり出るのでは・・・。あるいは理性で抑圧されていたものが表に出てくるのでは・・・。

 この問題は、日本では業界でもタブー視される傾向がつよく、現場で抜本的な対策が講じられることは少ないという。せいぜい問題を起こした高齢男性の家族に連絡して、協力を頼むくらいだ。

 だが、家族の反応はにぶい。
 だいたい家族は、身内がそんな性的な問題をひき起こしているという事実を、なかなか受け入れられない。
「えー、うちのお父さんがそんなことしたんですか? 信じられない! 謹厳実直で通ってた人なんですよォ」
 家族は頭の整理がつかず、当事者の父親とまともに話ができる状態ではない。
 あるいは、そんなコトがもし世間にもれたら・・・といった方向へ顔が向く。

 こうして家族はもとより、施設もコトを荒立てたくないので、問題ときちんと向きあおうとしない。なんとなくお茶をにごして、根本的な解決は先送りにする。
 こうして女性介護者のセクハラ被害はいつまでもなくならないのだという。一般社会では、セクハラに対する目は日々厳しくなっているというのに。

 こういう情けないことになる根本的な原因は、日本が性をタブー視する社会だからだとわしは思う。
 幼児にあからさまに親のセックスの話をしろとは言わないが、それぞれの年齢に応じた対応、しっかりと腹をすえて性と向きあう空気が社会にあれば、人生の終わりに近くにきて、こんな無様な光景を見ないですむのではないかと思う。

 上記のNHKの番組のなかで、某訪問介護ステーションの代表が話していた次の言葉は、日本もようやくそのことに気づき始めたことを感じさせて、かすかに光を見たように思った。
「もっと社会全体が高齢者の性と向き合っていって、どうサポートしていくか、どうアプローチしていくかを考える必要がある。これを遠ざけたり蓋をしても、必ずあふれてしまうのだから」
 
 同番組は最後に、こんなアメリカの取り組み例を紹介していた。
 ニューヨークのとある老人ホームでは、入居者同士の恋愛を積極的に奨励している。
 また、感染症防止の避妊具を配って、施設内で性交渉を行うことを権利として認めている老人ホームもある。

 わしがこのアメリカの取り組みに感心するのは、人間の本質をしっかりと見据えて、都合のわるいことは見ないでやり過ごすようなやり方はやめよう・・・という一種の覚悟のようなものが感じられるからである。

 人間には愛も大事だけれど、生き物としては、生まれてから死ぬまで性を切り離せない・・・という事実もある。高齢者が性の悩みを抱えることは不思議でもなんでもない。

 社会も家族も、そして高齢者自身も、人間の本性としっかりと向き合い、恥ずかしがることなく自由にフランクに性を語れるのが理想であろう。

 そのいちばん核にあるのは、”人間を人間として尊重する姿勢” があるかどうかである。
 しかし今のところ、自動で運転する理想のクルマは実現できても、人間が理想の性→生を手にできるまでの道のりはまだまだ遠いようだ。
 とりわけ日本では・・・。

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